7
コーヒーショップに着くと彼はまだ来ていない。
空いている席に座ってコーヒーを飲んでいると慧くんが声をかけてきた。
スーツ姿の慧くん。すごく大人びていて街で会ってもきっと分からないくらいに
彼は素敵になっていた。
「久しぶりだね」
「ああ。かなりな。お前は?今どうしてんの?」
「普通にOLやってるよ。慧くんは?」
「俺は営業。毎日くたくただよ。今も仕事先から帰るとこだったんだ」
「忙しいのにごめんね」
「いや、でもはるきの携帯からかかってきたのは驚いたけどな」
「ああ。うん。ちょっとね」
「一緒にいたのか?」
「うん。ちょっと偶然会って話してたの。はるきさんと話してると
慧くんが懐かしくなったから連絡してみた。急に会いたいなって思って」
そっかと彼が笑う。聞きたいことがたくさんあるのにそんな言葉でごまかした。
しばらく話していると急に彼の携帯が鳴る。ちょっとごめんと合図して携帯に出る。
私はそのとき彼のストラップを見た。
あのときのお揃いのストラップが彼の携帯にはまだついている。
電話を終わらせると彼は私の視線に気がつき、口を開いた。
「これ、なんか外せなくてさ。
あのときの気持ちが嘘だったってことになるんじゃないかなって」
「慧くん・・・私もずっと外せなかった」
「そっか。ありがとう」
お互い笑顔になり、私たちはそれから他愛もない話をする。
でも肝心な話ができずにいた。
彼はそれに気付いたのか場所を変えようと立ち上がる。
本当にこういうさりげなさが変わってなくてうれしかった。
彼が連れてきてくれたのはあの海が見える公園だった。
「本当は何か話したいことがあるんだろ?」
慧くんがあのベンチに腰かけて言う。私はうつむいて何も言えずにいた。
いざとなるとどう言葉にしていいのかわからない。
「ゆっくりでいいよ」
何もできない私の髪をゆっくり撫でながら慧くんが言う。
こんなに醜い私を暖かい手で触らないで。私は彼の手を握り口を開いた。
「慧くん・・・どうしてはるきさんに私とまだ続いてるって嘘ついたの?」
「・・・ごめん。俺、自分に自信が持てるようになるまでは
はるきに何も言いたくなかったんだ。
それまでは琉希と付き合ってることにしておけばあいつも安心すると思ったからさ」
「慧くん・・・」
私はようやくこのとき彼が言った言葉の意味を理解することができた。
自分が年下だから彼女をまだ幸せにしてあげることができない。
だから大学に入って、知識や常識を身につけたかった。
早く社会に出たかったのは彼女と対等になりたかったから。
そして5年経った今でも彼は自分を毎日磨いて早く立派な大人になって
彼女を幸せにすることを考えているのだと。
でも彼女は・・・結婚する。慧くんはどうなってしまうのだろうか。私は考えた。
どうせ私も叶わない片思い。だったらもう一度彼と一緒にいたいと。
「慧くん・・・私もう一度慧くんと一緒にいたい」
「琉希・・・」
「私、叶わない恋をしてるって言ったでしょ?その人も結婚するの。 だから・・・」
「その人もって?他に誰かいるの?」
「何言ってるの?はるきさんに決まってるじゃない」
私がそう言うと彼の表情が変わった。そうまるでさっきのはるきさんと同じ表情に
「慧くん?」
「いつ?誰と?なあ」
私の肩を掴み彼が言う。
もしかしてと私が口にすると彼は私から離れて頭を抱えた。
「知らなかったの?」
「・・・ああ」
「ほんとなの!!?」
「もう少ししたら気持ち打ち明けるつもりだった」
「どうしてもっと早く言わなかったの?
そうすれば二人は結婚なんてしなかったはずだわ。どうして・・・」
「琉希?・・・ま、まさかお前の叶わない相手って」
彼は私の顔をじっと見る。これ以上隠してたって仕方がない。
私は思いを口にする決心をした。目には大粒の涙を込めて。
「うん。そう私、おにいちゃんを愛してるの。大好き。
もらったストラップは私の一番の宝物。はるきさんともおそろいだけどね。
こんな思い抱いちゃいけないって何度だって言い聞かせた。
気付かれないようにずっと平然を装って妹のふりをしていたわ。
でも、やっぱり毎日顔を合わせるのが辛くて。そんなとき慧くんに出会ったの。
慧くんといるときはおにいちゃんへの思いなんて忘れられたし、
本当に慧くんが大好きだった。
でも、あの日慧くんに言われた言葉で間違ってたんだって気付いた。
確かに私は慧くんのように好きなひとを幸せにしたりはできないけれど
幸せを願うことはできるってね。
だから結婚するって報告してくれたときも素直に喜んだわ」
「琉希・・・」
「それなのになんでおにいちゃんの相手がはるきさんなの?そんなの!!
私、2人も大切な人を彼女に奪われたのよ!!愛していたおにいちゃんも、
大好きだった慧くんも!!」
「琉希・・・明日俺、プロポーズするよ」
「何言ってるのよ。はるきさんはもうおにいちゃんと結婚するのよ」
「それでもいい。何もいわないよりはずっといい」
「慧くん・・・ごめんね」
辺りはもう暗闇に包まれていて、私は涙が止まらなかった。
慧くんは涙が見えないようにぎゅっと抱きしめてくれた。
|