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慧くんの気持ちはどうなるのだろう・・・。それに私だって本当は辛い。
でももうはるきさんとおにいちゃんは結婚してしまう。
翌日、私は誰にも会わずに職場に向かった。
きっと昨日のことを責められると思ったから。
そして仕事を終わらせると誰とも話さずに自分の部屋に戻った。
机の上にはおにいちゃんがくれたストラップ。そっと手に取ってみる。
いつからだろう。おにいちゃんが好きだと思うようになったのは・・・。
「琉希、入るよ」
「おにいちゃん」
私がそう思った瞬間、おにいちゃんが私の部屋を訪ねてきた。
私はストラップを机に置く。おにいちゃんはまた私のベッドに腰を下ろした。
私は昨日のことが気まずくてベッドの上には座らずに
おにいちゃんと距離を置いて座った。俯いたまま。
するとおにいちゃんが口を開いた。
「琉希、昨日はありがとう」
「え?私、そんな感謝されるようなことしてないよ。勝手に・・・」
「はるきが言ってたよ。体調悪いこと気付いて琉希が連れ出してくれたって。
はるきとは知り合いだったんだね」
はるきさんがそうやってごまかしてくれたんだ。
私が家族から責められないように。私が何も言わないでいるとおにいちゃんが
机の上のストラップに気付いた。
「これ、まだ持ってたんだね」
「あ、うん。かわいいから気に入ってたの」
「そっか。でももう外しちゃったんだね」
「うん。はるきさんにもあげたんでしょ?同じのつけてられないからさ」
「・・・僕があげたのは琉希だけだよ」
「え?だってはるきさん、おにいちゃんにもらったって言ってたよ」
「僕が買うのを見てかわいいって言って自分で買ってたんだよ」
「塾の研修旅行で買ってくれたっておにいちゃん言ってたよね?
はるきさんがどうして自分で買うの?」
私にはおにいちゃんの言っている言葉の意味が分からなかった。
はるきさんのストラップはおにいちゃんがくれたものじゃないの?
「琉希にこんな話をするのは間違っていると思うんだけど、僕と彼女は
同じ職場で働いているんだ。そしてね、彼女は好きな人がいたんだよ。
でもね、その子は自分より年下で自分にはふさわしくない。
正直、彼の思いは気付いてたんだ。
でも自分じゃ彼を幸せにはしてあげられない。
だから・・・彼氏のふりをしてほしいって僕は頼まれたんだ。
自分を諦めてふさわしい子と付き合ってほしいからってね
そして彼はかわいい彼女ができたみたいでもうふっきれたって言ってた」
「だからストラップもおにいちゃんが買ってあげたことにしてたの?」
「僕が買ってあげるっていっても彼女は断ったんだよ。
そこまでしてもらうわけにはいかないってね。ねえその彼女が琉希だろ」
「・・・うん。でももう別れたよ」
「彼がはるきを好きだからだよね?」
おにいちゃんの言葉が痛いくらいに突き刺さる。頷くしかできない。
すべて知ってたんだおにいちゃん。
それに慧くんが自分は子供すぎて
はるきさんを幸せにできないと思っていたように
はるきさんははるきさんで慧くんを幸せにはできないと思っていたなんて・・・。
でもそれじゃおにいちゃんの気持ちはどうなるの?
「・・・そんなのおにいちゃん利用されただけじゃない!!
それにもし二人が会えば・・・」
「・・・そうだね。でも僕ははるきを愛してるからはるきに利用されるならいいって
思ったんだ。それに彼女はもう僕と結婚するんだから。僕は幸せだよ。でも・・・
僕はそのために過ちをおかしてしまった」
「過ち?」
「・・・僕は彼女を手放したくないから彼女宛てのメールを削除したんだ」
「どういうこと?」
「・・・森下慧くんから来た彼女へのメールを消したんだ。
彼女が仕事で席を外しているときに来たメール。
"7時に海の公園に来て欲しい”って言うメールをね」
私はおにいちゃんの言葉に絶句した。
慧くんはやっぱり今日気持ちを打ち明けるつもりだったんだ。
時計を見ると午後9時を指している。
もしかして慧くんは今でも来ない彼女を待っているのかもしれない。
「・・・僕はひどい男だね。
でも森下くんのところに行けばはるきはもう僕のところには戻ってこない」
おにいちゃんが俯いて言う。そんなにはるきさんのことが好きなんだ。
私は気付けば泣いていた。こんなに、こんなに辛いなんて。
おにいちゃんが他の人を好きなのがこんなに辛いなんて・・・・
「・・・おにいちゃん」
「琉希?どうしたんだ?僕、何かひどいことでも言った?」
「ううん。ごめんね。おにいちゃん。・・・私、おにいちゃんが好き」
「琉希?」
「おにいちゃんが好きなの。だからこんな風に聞くのが辛い。ごめん
もうこんなこと言わないから。私、慧くんを迎えに行ってくる」
言葉にしてしまった。絶対に口にしてはいけない言葉。
この数年間ずっと苦しかった。私は涙を拭って立ち上がる。もう諦めなきゃ。
私は携帯を手に立ちすくむおにいちゃんの横をすり抜けて部屋を出た。
外は雨が降っている。それなのに傘も持たず、海の公園に足を早めた。
走っても走っても涙は止まらない。溢れてくる思い。
おにいちゃんはどう思ったのかな。気持ち悪いって思ったかな。
もう妹としてなんて見てもらうことできないだろうな。そんな思いが交錯する。
公園にたどり着くとずぶぬれになって携帯を握りしめながら階段に座る
慧くんの姿を見つけた。私はただ駆け寄って抱きしめることしかできなかった。
「慧くん・・・」
「やっぱりもう遅かったんだな。バカだよな俺、もっと早く言えばよかった」
「慧くん・・・ごめんね」
慧くん、ゴメンね。私が今すぐにでもはるきさんを呼んであげればいい。
でもね、でも私もおにいちゃんが好きなの。
そしておにいちゃんははるきさんを愛してる。私はおにいちゃんを愛してるから
自分じゃ幸せにしてあげられないから幸せになってもらいたい。願いたい。
だから・・・呼べない。
代わりにはなれないけれど、私があなたのそばに居るから・・・。
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