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その人はゆっくりと私たちの方に近づいてくる。
そして私たちの前まで来てにこっと笑った。
「はじめまして、児玉はるきといいます」
私を見てそう言った彼女はすごく綺麗で私は視線を下げてしまった。家庭教師は男の人。
そんなこと一度も慧くんから聞いたことがなかったのに私は勝手にそう思っていた。
だから私の目の前で立っている人の姿が信じられない。
「待たせてごめんね。それにしても慧にこんなかわいい彼女ができたなんてねぇ」
「うるせえよ。早く飯食わせろ」
「あんたずいぶんえらそうじゃない!!えーっと誰ちゃんだっけ?」
「・・・神崎琉希といいます」
慧くんと彼女が楽しそうに話す声が聞こえる。
私は顔を上げずに自己紹介することが精一杯だった。
その態度に慧くんがどうした?って声をかけてきたから私は恐る恐る顔を上げる。
彼女の笑顔は彼の笑顔にとても似ていた。
「琉希ちゃんかぁ〜かわいいね。どこ行きたい?おねぇさん何でもごちそうしちゃうわ!!」
「・・・私は何でも」
私はそう言ってまた下を向いた。そしてその時彼女の左手に光る輝きが目に映る。
私は思わず顔を上げた。彼女は笑っている。そして私が見ているものに気がついた。
「あーこれね。まぁあたしなんかにやきもち焼かなくていいわよ!
あたしにはちゃんとこれがいますから」
そういって左手を上にかざす。きらきらと光るシルバーリング。
私の気持ちはすっかり読まれていましたか。
そのリングがとてもまぶしくて私は目を奪われた。
慧くんが安心しろといわんばかりにぽんと頭をたたく。
私は不安になりすぎていただけなのかもしれない。
結局入ったのは焼肉屋さん。本当は服ににおいがつくのは嫌だけど、
慧くんが食べたくて仕方がなかったらしく妥協して入った。
服はあとで洗濯すれば何とかなるだろう。
それにしても焼肉をほおばる慧くんは子供みたい。私も負けずに一枚口にした。
はるきさんも慧くんに負けずよく食べる。
網の上の肉がなくなり、新しいのを焼き始めるとはるきさんがグラスを片手に言った。
「琉希ちゃんこの子、女心わかんない子だけどよろしくしたげてねぇ」
「おい!」
「隠す必要ないだろうけど、この子あなたが初めての彼女だからさ」
「おい!!はるき!!」
「よろしくねぇ〜」
お酒の入っているはるきさんは慧くんの秘密をぽんぽんと言う。
慧くんは必死で止めようとするけど、はるきさんの口は止まらない。
昔はかけっこが苦手で運動会に仮病を使おうとしたことや、
テストのできが悪くて親に見せたくないと机の裏に隠したとか。
私の知らない慧くんの姿が想像できる言葉で表れる。まだそんなに会って間もないし、
まして今日は初デート。それなのに慧くんをずっと前から知っているような気になった。
「ほら!焼けてるぞ!!これでも食え」
「うぐっ」
黙りかねた慧くんがはるきさんの口に焼けたばかりの肉を放り込む。
ちゃんとフーフーして火傷しないようにしてあげるさり気ない慧くんの優しさが
私を笑顔にさせた。最初はるきさんを見たときは不安で仕方なかったけれど、
今ではこんなことも許せる。本当に姉と弟のような関係に見えるから。
「あたしたちは家が隣同士の幼なじみでねぇ〜
あたしはあの子のことマジで弟のように思ってるのよ。
ほんと小学校に入学するときも一番にランドセル見せに行ったり、
遠足に行ったらどんぐり拾って帰ってみやげにしたり、ほんとあたし、一人っ子だから
慧がかわいくてねぇ〜あの子、照れ屋だけどよろしくしてあげてね」
慧くんが少し空気を吸ってくると出て行ったあと、へべれけになったはるきさんが
私に言った。本当に慧くんのこと大切に思ってるのが伝わってくる。
私はその言葉に頷く。私、慧くんが好きです。そうはるきさんに伝わるように。
『もうあの人は忘れます』
そのときちらっと見えたストラップに気付く事もなく

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