第二部
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雨の日の日曜日の出来事
「今日は疲れたー」
家に帰った柚はベットに転がりながら、今日あったことを思い出していた。ものゆる温泉の
こと、三段腹のおばさんのこと、そして・・・
「私、夏柘のことどう思ってるんだろ?」
夏柘のこと。いつもなら誰に言われても怒りが収まることはなかった。でも夏柘に言われて怒り
が鎮まっていった。夏柘の言葉は誰でも言える言葉だったのに、夏柘に言われたからか怒り が鎮まったことを柚はずっと考えていた。
「私、夏柘が・・・好きなの?まさかね。
だって会ってからそんなに経ってないし、全然夏柘のこと知らないもんね」
独りでぶつぶつと言いながら、いつしか柚は眠っていた。
翌日、今日は久しぶりに雨が降っていた。そして、日曜日ということもあって食卓に顔を出すと
父親がいた。
「おはよう柚」
「お父さん?!今日学校は?」
「休みだよ。日曜だから」
「あ、そっかぁ」
柚の父親は小学校の先生をしている。夏休みに入ってから柚は朝から晩までずっと銭湯の
掃除に明け暮れていたので父親と会ってもなかなか挨拶程度しか交わせなかった。
父親は仕事熱心なので、常に帰宅は遅い。仕事を家に持ち込みたくないというポリシーが
あり、その分最後まで採点など残ってやっていた。
「柚、銭湯の掃除毎日やっているんだってな」
「うん。そうなの。最初は嫌々だったんだけど、何か今はすごく楽しくなってきた。新しいものを
作っているみたいで」
柚はトーストをかじりながら、父親に目を輝かせながら言った。思春期さながらだというのに
父親が大好きなのは、いつも父親が家にいないからだろう。
「あーパパだ!!おはよう」
明海が起きてきた。相河家では父親は大人気で、明海は大のパパっ子である。
「おはよう明海」
「聞いてくれよ!オレ昨日銭湯行ったんだ!すごーい広い銭湯でさぁ」
「明海!今私がお父さんと話してるの!!あんたまだパジャマじゃない!さっさと着替えて
きなさいよ!!」
「いいだろ!!オレだってしゃべりたいんだ!!」
「今は私と話してるの!!」
「オレもしゃべりたい!!」
「ストーップ!!あんたたちお父さんの取り合いしないの!!明海は着替えてきなさい。柚は
さっさとご飯食べて!それからゆっくりお父さんと話しなさい」
「はーい」
母親の一言で二人は鎮まった。雨は大降りだったのが小雨に変わっていた。
「じゃぁ行ってくるわ」
「行っておいで」
「パパ、パパも一緒に行こうよー」
「なーに言ってるの明海!お父さんは疲れてるんだから」
「いや案外面白そうだな。柚、明海、お父さんも行っていいか?」
二人は顔を見合わせてとても笑顔で声を合わせて大きく頷いた。
「うん!!」
こうして今日は父親も一緒に銭湯に行くことになった。
「お母さんもこればよかったのにね」
「お母さんはいつもお風呂借りている三好さんの家に行くって言ってたからな」
「そうなんだ。お母さんいつもお風呂どうしてるのかと思ってた」
「全員借りるわけにはいかないからな。柚と明海が友達にお風呂借りてるようにお母さんもそう
してるんだ。お父さんも学校帰りには借りてるしな」
「そうなんだ」
「オレ今日はバリバリ働くぞ!!」
「おう頼もしいな明海」
親子3人とてもほほえましく傘を差して歩いていた。
「卓真、この人は私のお父さん」
「お父さん、こっちは淡路卓真。私のクラスメートでいつもお風呂借りてるの」
「いつも柚と明海がお世話になっています」
「いえいえこちらこそ」
銭湯に着くと、柚は卓真に父親を紹介した。しかし、卓真はまたよからぬ勘違いをしてしまう。
「(親父を紹介するなんて、将来のこととかもう考えてるってことだよな。俺、それは困ったなぁ。
確かに柚が俺を好きなのは分かってるけど、でも、もう結婚まで考えてるなんて・・・)」
「あれ?夏柘は?」
「・・・」
「卓真?」
「えっ??」
「だからー夏柘は?」
「あっ、あいつならフルーツ牛乳の仕入れに行ったから遅れてくるって」
「そっかぁ」
「フルーツ牛乳オレ大好きなんだ!!パパも飲んでくれ!!」
「そんなにうまいのか?」
「うん!!」
「あれ?柚牛乳嫌いじゃなかったか?」
「うん。でもあれは最高よ!!じゃぁ仕事今日も始めましょうか!!」
今日の担当は柚と明海がまとめの拭き掃除、卓真が玄関、下駄箱のまとめに決まった。柚は
夏柘がいないことで少しショックを受けたが大好きな父親がいるということで張り切っていた。
「柚、お父さんも手伝うよ」
「疲れない?」
「大丈夫だよ」
そう言って父親は濡れ雑巾を手に取って、柚と明海と一緒に拭き掃除を始めた。
「どうしよう?あいつそんなこともう考えてるのか?俺らまだ中2だし、それに付き合ったりもして
ねえよな。それなのに結婚???早すぎるだろ!!やっぱもう少し落ち着いて考えたほうがい いよな。うん。そうだ。俺らにはまだ結婚は早すぎる!!やっぱ最初は付き合うほうがいいよ な。よし!まずは付き合おう!!」
卓真の思考回路はもう完全に結婚でいっぱいだった。どこからそんな勘違いをしたのだろう
か。まあ今に始まったことではないが・・・。
「フルーツ牛乳仕入れてきた!って卓真お前何やってんの?」
「えっ?」
「雑巾に話しかけて・・・」
「えっ?」
おバカな卓真は握り締めていた雑巾を柚に見立てて話しかけていた。それをまた偶然に仕入
れから帰ってきた夏柘に見られてしまった。
「な、何でもねえよ!!それより仕入れもう終わったのか?」
「終わった。一週間分の俺らの分仕入れてきたよ」
「あれおいしいもんな。毎日飲んでも飽きないっていうか」
「・・・そうだな。じゃまあ精々人に見られないようにして雑巾と会話して」
白々しそうに言う卓真を冷めた感じで対応した夏柘は仕入れしたフルーツ牛乳を持って中に
入っていった。卓真の周りにはさむーい風が吹いていた。
「夏柘!!」
「仕入れしてきた」
「おうオレのフルーツ牛乳!!」
「雨の中ご苦労さま。あっ今日お父さんが来てるの。今、男湯の脱衣所掃除してくれているから
呼んでくるわね」
夏柘が入ってきた瞬間、柚は嬉しそうに夏柘の元に駆けていく。フルーツ牛乳を見て明海も
駆け寄ってきた。
「お父さん!もう一人友達来たから紹介するからこっち来て」
ちらっとのれんから顔を出した柚が父親に手招きをした。父親は雑巾を置いて、ゆっくりと女湯
のほうに向かった。
「あっお父さん」
「あの子私の友達の・・・
「下野?下野じゃないか?」
父親は夏柘を見るなり、知り合いのように言った。
「あっ、こんにちは」
「お父さん?夏柘と知り合いなの?」
「ああ。下野はお父さんのクラスの生徒だよ」
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