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この夏最後の思い出



25人でうちわ作りを開始したことで作業がスムーズに行われてきた。中野は出かけてしまっ
た。時間を見れば、午後6時。圭はさすがにこれ以上手伝わせるわけにはいかない、
そう思った。


「みんなありがと。後はおにいちゃんたちだけでやるから」
「えーだって終わったらみん・・・」

「けいこ!それはダメだって言ったじゃん!」
「ゆかちゃん」
「おにいちゃん!私たち最後までやりたいんだ!」
「でももう遅いしなぁ」
「大丈夫。銭湯のおばちゃんがみんなのお母さんに言っててくれるって。ね!めぐちゃん」
「そうそう。だから頑張りたいよねさっちゃん」


低学年のけいこと言う子が言いかけたこと。それが意図する意味は分からなかったが
ゆか、さっちゃん、めぐちゃんという3人の子の言葉を圭は信じることにした。それからまた
作業は続いた。夜8時を回るころにはもううちわはほぼ完成しかけていた。


「わーもうこんなに出来たんだね」
「俺らだけじゃ絶対にこれは無理だったよな」


柚と卓真は出来上がったうちわを見てそう言った。たたみの上には約400枚のうちわが
並べられていた。


「やったー!!もうすぐバーベキューだ!!」
「え?!」
「あーせいくん言った!!」
「バーべキュー?」
「うん!あのおばちゃんが手伝ったら花火とバーベキューやってくれるって言ったんだ」
「あーあおばちゃんが言ったらダメって言ったのに」


圭、夏柘、柚、卓真の4人は顔を見合わせて笑った。


「よーし!!じゃバーベキューに向けてラストスパートだー!!」


「496、497、498、499、500出来たー!!」


うちわ500枚は完成!!小学生が絵を描いてくれたり、切ってくれたりしたので柚たちは
ほとんど貼り絵を貼ったシールを土台に貼り付けていた。ASAHI担当の卓真を除いて
だが・・・。みんなの心がこもった“朝陽温泉”のうちわが出来た。


「やったー花火だ!バーベキューだー!!」
「やったー!!お兄ちゃんたち早く行こう!!」


小学生たちはうちわが出来たことよりもバーベキューや花火が待ち遠しかった。圭たちは
出来たうちわを紙袋にしまってみんなを連れて外に出た。すると祭りのようなテントがあり
そこではバーベキューの用意がされていた。


「あーパパとママだ!!」


そこには柚と明海の両親。卓真の両親。そして・・・


「明海くーん!!」
「美帆ちゃん!!」


明海が走り出した。


「え?ちょっと待て!あれがまさか明海のガールフレンド?」
「私も初めて見た。てかどう見ても幼稚園児じゃないわよね?」
「あれはどう見ても幼稚園児じゃないぜ」


柚たちは恐る恐る明海の元に近づいた。


「はじめまして野々村美帆です。高校3年生です」
「高校3年生!?(俺より年上?!)
        (こいつも夏柘タイプだったのか)
        (明海・・・頭痛い)      」
「オレのガールフレンドだぞ!!」


昔同類だった夏柘を除く圭、柚、卓真の3人は叫びたい気持ちになった。


「おつかれさま。これはささやかなお祝いだよ。みんなに手伝ってもらったんだ!!」
「よく頑張ったねぇ。たーんと食べておくれ」


中野や森が準備してくれたとっておきの夏の思い出。柚たちは感激の思いで食べることに
した。


「いただきまーす!!」
「おいしい」
「マジでうまい」
「おいしい」


みんなの声が静かな町の夜に明かりを点けた。これを企画したのは森と中野と柚の父親
だった。


「食べ終わったら花火だよ」
「わーい!!」


柚はこんな楽しい夏休みは今までないと思った。


「柚、ちょっといい?」
「うん?」


バーベキューもそろそろ終わり、花火が始まるころ、夏柘は柚を呼び出した。柚は皿を置いて
夏柘についていった。


「どうしたの?あ、こんばんは」
「こんばんは柚ちゃん」
「おばさん!僕、柚が好きなんだ!!」
「夏柘―おばさんですって?そっか。いいじゃない。2人ともお似合いよ。仲良くしなさいね!」
「夏柘・・・」


夏柘は卓真の母親の元に柚を連れて行ったのだった。そしてわざとおばさんと呼び、今自分は
柚が好きだと告げた。柚はその夏柘の態度が嬉しくて仕方なかった。


「じゃあっちで花火しよう柚!!」
「うん!」
「じゃあね!お2人さん仲良くね!」


夏柘が差し伸べた手にゆっくり柚が触れる。2人は少し離れたところで花火を始めた。


「風が気持ちいいね」
「うん」
「花火もきれいだね」
「うん」
「俺もまぜてくれ」
「うん・・・ん?」

「2人でイチャついてんじゃねぇよ!!俺も入れろー」


そう言って夏柘の肩にのっかかる圭。卓真は楽しそうに花火を小学生とやっていた。


「俺これやる!!」
「俺がやるんだよ!!」


さっきの冷やかし少年といい感じ。明海は高校生のガールフレンド美帆と楽しそうにしている。
こんな夏が過ごせてよかった。柚は心から思った。


「さ、そろそろお開きにしようか。みんな汗かいただろ?今日は銭湯あんたたちに貸切にした
よ!!」


森がそう言ったのでみんなで銭湯に向かった。わいわいがやがやいつも静かな銭湯は人で
ごった返していた。


「ママー今日ママと入っていい?」
「明海、この子はほんとに甘えたねぇー」
「(うらやましい)」


圭と卓真の2人がそう思ったのを察したのか明海は・・・


「あっかんべー。美帆ちゃーんボクねお背中流してあげる」
「(こいつー!!!)」
「あんたたち何してんのよ!男湯はそっち!!はい!行く!!」
「はーい(畜生明海のやつママとか言いながら結局はそっちじゃねえか)」


2人が思うことがこうも一緒になるなんて・・・。


「わー今日は人がいっぱいいるー!!」
「柚ちゃん、あんたほんとにいい顔してるね」
「え?」
「本当に好きな人と幸せになった顔してるよ」
「あ、ありがとうございます」


銭湯に入ると中野と柚はまたいつものようにシャワーをしながら話した。


「ねぇママ、けいこまたおっきいお風呂来たい!」
「あらーでも銭湯もいいものねぇ」


あちらこちらでそんな会話が聞こえる。柚と中野は顔を見合わせて笑った。


「お客さん増えそうですね」
「そうだね」


一方男湯では・・・・


「いいなぁー明海」
「ほんとっすよねぇー」


湯船に浸かりながら銭湯全体を圭と卓真が見回していた。


「はぁーどこを見ても男ばっかり」
「ですよねー」


そんな横で夏柘は背中を流していた。


「先生、ありがとうございます」
「いや、まさか下野に背中流してもらうとは驚きだな」
「先生、俺、柚・・・さんのこと・・・」
「下野!嫌いなミートソースのスパゲティ食べれるようになったら考えよう。
お前給食でいつも残してるもんな!!」
「もう好きになりましたよ!!すっごくおいしいの食べて大好きになりました」


夏柘はミートソースのスパゲティが本当は嫌いだった。しかし、柚と一緒に作ったスパゲティが
あまりにもおいしくて好きになったのだった。


「ほんとか?じゃあまぁ考えようか」
「やったー!!」
「なんだあいつ?男の裸ばっか見てそんなにいいのか?」
「さぁ?」


圭と卓真は首をかしげた。こうして夜は更けていった。


翌日、前日は柚の両親、卓真の両親、そして美帆が中野の家に泊まった。中野の家はとても
にぎやかな朝を迎えた。そして昼が過ぎるころ、帰宅することになった。


「お世話になりました!」
「また来ておくれよ。志麻さんによろしく」
「ばあちゃん31日に退院するんです」
「そうかい。そりゃよかった」

「あ、じゃぁ31日うち狭いですけど来てください。柚迎えに来させますから」
「え?でも・・・いいのかい?」
「はい」


中野は31日に柚の家を訪れるということでみんなここを後にした。


「なんかもう一つ田舎が出来たみたいだね」
「ほんと。そうだよなー」
「いい夏休みになったしな」
「もう夏休みも終わるんだね」


なんて話をしながら電車に乗り込んだ。もう一つの田舎に別れを告げるように。