最終回

 銭湯にLet’S go〜♪



今日は31日。あれから柚は銭湯には行っていなかった。中野宅から帰宅したときにもう
夏柘の両親が帰ってきていたので後は任せることになった。夏柘はその手伝いに追われて
柚とはあの日から会っていない。しかし、今日は“朝陽温泉”が再開する日とあって約一週間
ぶりに柚は夏柘に会えるのだった。


「柚―あんたずいぶんおめかししてるじゃない」
「お前すごい可愛いじゃん」
「柚にじゅうまるだ!!」


遊園地に行くときと同じくらいの柚の姿。白のフリルのノースリーブにふわふわのスカート。もう
サリーちゃんTシャツを着ていたとは思えないくらいの変貌振りだった。


「え、えへへ。ちょっと頑張ってみました」
「なんせ愛しの夏柘くんに一週間ぶりに会うんだもんなぁー」
「圭にい!!」
「柚、夏柘くんもいいけどほら中野さん迎えに行かないと」
「あ!ほんとだ!じゃ行ってきます!!」


柚が出て行くと圭と明海がいそいそと何か用意し始めた。


「明海、俺らもそろそろ行くか!!」
「おう!!」



「中野さーん!!」


五香駅には中野がもう来ていた。柚は中野の姿を見つけて手を振りながら駆けて行った。


「おやー柚ちゃんどこのお嬢さんかと思ったよ」
「え?そうですか?そんなことないですよ」


柚は照れ笑いをしながら答えた。


「あ、荷物持ちます。家狭いですけど行きましょうか」
「柚ちゃん少し寄り道してもいいかい?」


中野は荷物を持ったまま柚に言った。


「いいですよ」


柚は笑顔でうなずいた。


「ここですか?」
「そう五香に来たら来たかったんだ」
「・・・好きな人の・・・」
「そう。あの人が眠っているんだ」
「亡くなられたんですか?」

「・・・10年になるかな」
「そうな・・・あ!!」 


中野の寄り道は駅からバスで15分くらいの墓地。花を供えて手を合わせると中野はゆっくりと
口を開いた。


「私の夫だよ」
「え?!」

「驚いたかい?赤い糸かもしれないね。結局あの人は病気を患って私と一緒になってすぐ
逝ってしまったけどね。でもあの人の最後を妻として看取れて幸せだったよ。あの人は
あれから20年経って私を迎えに来てくれたんだ。不思議な話だろ?でもきっとそれが私たちの
運命だったんだろうね。ここはあの人が逝ってから初めて来たんだ。子も孫もいない私にとって
五香は辛すぎた。だからあの町に一人越したんだ。でもね柚ちゃんに会ってここに来る決心が
ついたんだ」

「中野さん・・・」
「孫のような存在だったよ。ありがとう。勇気をくれて」
「わ、私、そんな、な、何もしてません」


柚の目からは大粒の涙が溢れて、その涙が頬をつたった。中野はしっかりと柚を抱きしめた。
本物の孫を抱きしめるように、そっと、でもぎゅっと。


「私はね、あの人が逝って、生きる希望を失っていたんだ。でも柚ちゃんに会えて私はいろんな
経験が出来た。たくさんの子供たちと触れ合えた。孤独だった私を暗闇から救ってくれた。
本当にありがとう」


時間が経つのも忘れるくらい2人は涙した。空は真っ青に晴れていて中野の居場所をしっかり
と教えた。雲が流れてもずっとそこにいてもいいよと笑いかけるみたいに。


「なぁー柚来ないぞー」
「遅いよなぁー。あれ夏柘緊張してんの?」
「べ、別に緊張なんて・・・」


銭湯の前では圭たちが柚が来るのを待ち続けていた。


「びっくりするだろうな柚」
「そうですよねーまさかうちわがあんな風に使われているなんて思わないでしょうね」
「あ、あれ柚じゃないか?」


待ち続けて2時間、柚は中野と共に銭湯に現われた。


「圭にい、卓真、明海、・・・夏柘」
「遅いぞ!何してたんだ?あ、中野さん、お久しぶりです」
「こんにちは、みんなどうしたんだい?」
「さぁーお2人さん中にどうぞ!!」


圭が中に通し、柚と中野は暖簾をくぐった。数日前までは毎日見ていた靴箱も心なしか綺麗に
なっている。と柚があるものに気づいた。


「これー!!」
「感謝状だってさ。この銭湯を再生してくれた」


柚が圭のほうを見ると圭はそう答えた。


「柚、中へどうぞ」


夏柘に促され柚と中野は女湯に入った。


「いらっしゃい」
「志麻さんかい?」
「久しぶりだね美恵さん」


番台に座っていたのは夏柘の祖母。2人は目を見合わせて笑顔をかわした。しかし、もっと
驚いたことがあった。それは・・・


「すごいいっぱいお客さんがいる・・・」


一ヶ月前では考えられなかったほどの人の数。そしてみんなは共通するものを持っていた。


「今日はうちわを持っている人は無料なんだよ。うちわが無料招待券の代わりなんだ。
ドリンクも無料だよ」


番台から夏柘の祖母が言うと柚はすぐ外に飛び出した。銭湯の前では夏柘たちが4人並んで
待っていた。


「びっくりした?やっぱ人って無料に弱いんだって改めて思ったぜ俺」
「圭にい」
「あー俺こんなんやってる場合じゃないのになぁ宿題ごっそりあるし」
「卓真」
「オレフルーツ牛乳久しぶりに飲めるかも」
「明海」
「柚、今日まで“朝陽銭湯”の再生活動、ありがとう」
「夏柘・・・」

「ほーらあんたたち写真撮るからそこに並びなさい」


そこには卓真の母親までカメラを持ってやってきていた。5人は並んで写真を撮った。


「はいチーズ!!」


その写真は柚、夏柘、明海、圭、卓真の5人で撮った初めての写真だった。


「お風呂気持ちよかったよねぇ」
「うん。また来よう。ここの銭湯ってすごいいいよねぇ」


写真を撮り終えた5人の耳に聞こえてきたのは喜びの言葉だった。


「あ、柚ちょっといい?」
「うん」
「圭さん、明海、柚借ります!!」


夏柘は柚の手をそっと取って走り出した。数秒後には姿が見えないくらいの速さだった。


「ったくガキが色気づきやがって」
「あなたも十分ガキよ。圭」
「裕歌!?」
「来ちゃった」
「うん」


圭の前には裕歌の姿。もちろん呼んだのは他ならぬ柚である。こっそりと圭の携帯を盗み見
して連絡していたのだった。


「明海、俺らも邪魔だな」
「あー美帆ちゃん!?」
「なんだよー俺だけみじめ?」


明海は美帆の姿を見つけてその場から走り去った。卓真は一人になった。そして、銭湯から
離れようとした。


「あの・・・これ使える温泉ってここですか?」


かわいい女の子が卓真に声を掛けた。


「(俺もそろそろ恋するかなぁ)はい!いい温泉ですよ。ここは」
「そうなんですか!!あの・・・」


卓真にも恋の予感が訪れるのでしょうか?


「ちょ、ちょっと夏柘!どこ行くの」
「着いたよ」
「着いたってここ?」
「そう」
「ここって夏柘の家じゃない」

「うん。入って」
「おじゃまします」


柚は夏柘に言われ、家の中に入った。


「どうぞ」
「ありがと」


あのソファに腰かけた。


「はい。これ」
「あ、これ」
「それは柚のものでしょ」
「Kiss Meの・・・」


その一瞬柚が言葉を言い終わる寸前夏柘の唇が柚の唇に触れた。


「ちょ、ちょっと夏柘!!」
「あれ?今Kiss Meって言わなかった?」


少し意地悪な笑みを浮かべて夏柘は言った。


「夏柘!!」
「柚、俺のこともっともっと好きになってください」
「えー」
「な、何?嫌?」

「夏柘!私のこともっともっと好きになってください!!」
「了解しました」
「私も了解しました」


「相河柚さん、俺はまだガキだけど・・・付き合ってください」
「下野夏柘くん、私はまだまだ可愛くないけど・・・付き合ってください」


「「喜んで」」


この夏、一人の少女は少しだけ、女らしくなりました。
この夏、一人の少年は少しだけ、男らしくなりました。

この夏、一人の少年は変な格好で言葉遣いもよくない、でも純粋な少女に恋をしました。
この夏、一人の少女は大人なふりした、でも昼ドラ大好きな少年に恋をしました。


この夏、2人は・・・銭湯で出会いました。


「夏柘!」
「柚!」
「「じゃ、銭湯にLet’S go〜♪」」



〜終わり〜