30
トリックは全て暴かれた。そのときあなたはどうしますか?
翌日、早朝一人眠れず朝を迎えた者がいた。まだ暗闇の中をぶつぶつ言いながら。
「あいつ、まじで俺のこと、好きなのかな?いや、わからん。どうなんだ?どうなんだ?」
ボンっ
独り言卓真に枕が飛んできた。投げたのは寝起きの悪い圭だった。男の子は全員同じ部屋で
寝ていた。そして柚は一人部屋が与えられた。
「・・・卓真うるせえ」
「あ、すいません圭さん」
「ったく目、覚めちまった」
「・・・俺、柚に好きだって言われたんですよ」
「外行くか?」
圭は眠っている夏柘と明海を起こさないように場所を変えた。外にでてみるとまだ太陽は上が
りきっていないものの爽快な風が吹いている。圭と卓真は庭にいた。
「で?さっきの続き」
「俺、何かわかんないんですよね。柚が俺のこと好きだって言ったことに」
「何言ってんの?お前さ、ずっと柚が自分のこと好きだって思ってたんじゃねえの?その通りに
なったんだからいいじゃん」
圭の寝起きの悪さは半端じゃない。声はいつもの優しい声ではなく、口調も荒々しく聞こえる。
それでも卓真は話をやめなかった。
「なんていうか・・・何かそういう風になるように誰かに仕組まれたような・・・」
「仕組んだ?」
「あの柚が俺を好きになるはずがないって思うんですよ」
「はぁ?」
「あいつ何かおかしいでしょ?突然夏柘のこと諦めるって言ったり、夏柘は夏柘で・・・
また俺の親に会いたいって言ってきたり、電話したり・・・わざわざ柚に今、俺の親と電話してる
って言ってくれって頼んだり」
「あいつそんなこと言ったのか?あ!もしかして!!」
「何か心当たりあるんですか?」
「いや、まぁ・・・それよかお前は柚のことどうなんだ?好きなのか?」
卓真のある一言で圭は全て理解できた。不可解な夏柘の行動の意味が。
そして目もパッチリ覚めた。
「俺、確かにあいつのこと好きだとは思うんですよ!でも恋愛感情かって言われたら分からなく
て。いろいろ考えたりもしたんですけど、やっぱどう考えてもあいつが俺を好きなわけないなっ て思いのが強くて・・・」
「柚に恋愛感情はないってことか?」
「多分ないですね。てか俺は夏柘が好きな柚が好きなのかもしれないです」
「じゃ2人に戻ってほしいと思うか?」
「そうですね。でなきゃ俺もなんか気持ち悪いし。柚が俺を好きなんて」
「お前、前から思ってたけど変な奴だな。ま、それがお前か。じゃ俺に協力してくれるか?
あのややこしい少年のトリックを暴くために」
「・・・はい?(何させられるんだ?)」
「柚にも協力してもらわないとな」
今日は昨日頼んだように銭湯に朝から行っていろいろ教えてもらうことになっていた。掃除から
営業まで。柚は部屋で持ち物とかを準備していた。
「柚・・・ちょっといいか?」
そして部屋の前に来て圭が柚を呼んだ。
「どうしたの圭にい?」
「ちょっと話、あるんだ」
「今?今から銭湯行くんだよね?後からでいい?」
「いや、今がいい。あいつらにはもう先に行ってもらったからさ」
そう言うと圭はその場に座った。
「どうしたの?圭にい。何かあった?」
「・・・柚、お前本当に卓真のこと好きだと思うか?」
「え?うん。思うよ」
「たねあかししてやろうか?お前と卓真はうまくあの悪ガキにはめられたんだよ」
「はぁ?」
「その代わり、お前が夏柘に言われたこと全部話せよ」
そして圭と柚はお互いに全てを話した。柚は最初戸惑ったが夏柘が何を考えているのか
知りたかったので話した。そして圭から聞いたトリックは柚は行き場のない感情を抱いた。
それはまるで殺意にも似たような。
「じゃ、俺らもトリックショータイム見に行こうぜ!!あ、女優芝居よろしくな!」
圭がそう言うと柚はすごい剣幕で3人を追った。圭に言われたことを実行するために。
「夏柘の前で卓真に私が好き?って聞いてみろよ。卓真にももう言ってあるからよ」
そして卓真を見つけたと同時に柚は女優になった。そして卓真も演技を始めた。夏柘に対する
仕返しのために。
「卓真―!!」
「・・・何?」
「卓真・・・私のこと好きだよね?さっき圭にいに聞いたの。卓真は私が好きじゃないって」
感情入りまくりの柚。卓真の腕を掴んで寂しげな表情がまた真実味を表わす。圭は後から
ゆっくり来つつも柚を見てそう思った。卓真もそれに負けじと演技に熱が入った。
「・・考えたんだけどさー俺そんな風に思えないんだわ。柚っていい奴だとは思うけどさー
恋愛対象とかじゃないっていうかさー興味ない」
視線を逸らしながら言った卓真の言葉はいつもの卓真ではなかった。そして柚は卓真の腕
から自分の手を離す。2人は完全に演技に入りこんでいた。それを演技とも知らず感情むき出
しになって卓真に胸倉を掴んだのはほかならぬ夏柘だった。
「いい加減にしろよ。お前柚が好きだったんじゃねえのかよ!!ふざけんなよ!!
お前がそうだと思ったから俺は・・・」
柚と卓真は目配せをして、見えないようにVサインを交わした。夏柘はそれに気づいていない。
「大体、手つないで帰ってきたり、追いかけたり、お前はそれらしきことをしてたじゃないか!!
本当に腹立たしかった!まぁあんなこと考えた俺が悪かったんだ。でもこのまま柚といたら柚
が俺を好きだから俺も柚が好きなのかなって思うのが嫌で・・・だから俺のこと好きにならない でって言ったら俺のことを好きじゃなくなるかなって・・・そしたら俺は本当に柚が好きになれる かもしれないって・・・俺を好きな柚じゃない柚を」
「はーいストップ。な!わかっただろ?これがトリックだって」
圭が声をかけて夏柘は卓真を離し、止まった。柚と卓真はあまりにも衝撃的で目が点になって
いる。一人状況が把握できていない夏柘は戸惑った。
「お前やりすぎ!!しかも人を巻き込んで傷つけすぎ!!」
「け、圭さん?」
「もうわかってんだよ!すべて。お前がわざと柚に嫌われて、柚と卓真をくっつけさせて、
その光景を見て、自分が本当に柚を好きなのか確認しようとしたこと!!」
「え?」
「お前さ、俺がお前の家に泊まったときに言ったよな?『もしかしたら柚が俺を好きだから俺も
柚を好きになろうとしてる気がするんです』って。で俺が話したこと覚えてるよな?」
「・・・・」
「そんな風に思うなら柚に片思いしてみろって!まさかこんな形でお前が行動するとは夢にも
思わなかったけどな」
「圭にい・・・私まだよくわからないんだけど」
「俺もよく・・・わかんないです」
「よーし!!俺が探偵気取りで説明してやろう!!まず夏柘は柚に自分を嫌いになるように
仕向けた。「俺を好きにならないで」と言って突き放した 」
「・・・うん」
「で次、あえて普通にしてほしいと言ったんだってな?それは自分を嫌いになってほしいとは
いえ、実際嫌われるのは無理だと思ったからだ」
「そうなの?」
「しかーし、このままでは本当に柚が自分を好きじゃなくなったのかわからないと思った夏柘は
ある行動に出た」
どこぞやの探偵気取りの圭。チェックのコートにタバコをふかすパイプが口元に見えても
おかしくない。
「ある行動?」
「それは柚に聞こえるように卓真の母親の話題をし、それを聞かせた後、まだ更に卓真に今
卓真の母親と連絡を取っていると柚に言ってくれと頼んだ。そうすれば、柚の入る隙間はない。
それを聞いた柚は絶望し、飛び出した。そこにやってきたのが卓真。追いかけて柚にそっと
優しい声をかけた」
「・・・ほっとけなかったから」
「それも夏柘の計算のうち。柚が傷つけば卓真が支えると頭にでもあったのだろう。そして柚は
まんまと夏柘の計算どおり卓真を好きになった。いや好きになった感覚になった。そして卓真も 柚が好き。これで2人はうまくいった。そう思ったんだな?」
「・・・・」
「でも卓真は何かおかしいと思い始めた。それでいろいろ話聞いてったら結論がこれに結び
ついたってわけ。・・・お前昼ドラのパクリじゃん!!」
「昼ドラ?」
圭がそういうと柚と卓真は目を見合わせて驚いた。
「こいつがあんまりにも大人な理由は昼ドラの見すぎなんだよ!!去年やってた昼ドラと全く
同じだもん。こいつのやってること。俺の親が昼ドラフリークでさ。聞いてもないのにあらすじを
毎日しゃべってくるからさー嫌でも覚えてたんだよな。俺」
夏柘に逃げる余裕を少しも与えずに圭にやっと笑った。それは決して嫌味じゃなくって
白状しなさいというような笑みだった。
「で、でも待って!!そんなドラマがあったのは分かった。でもそんなのうまくいくとは限らない
じゃん。それに・・・私・・・」
「柚は夏柘とのほうが合ってるって。俺もそうじゃなきゃなんか気持ち悪いし。困ってる奴
ほっとけなかったから追いかけただけ。柚じゃなくてもね」
「卓真・・・・」
「ま、俺が柚に惚れなかったから夏柘の作戦は成功したんだし俺に感謝しろよ!!
俺はいい奴だからお前を責めたりもしないしな!」
「待てよ!卓真嘘つくなよ!」
「嘘?誰がこんな男女好きになるかよ!」
「たーくーまー!!」
「ま、こいつ相手に出来るのお前くらいだろうから精々頑張ってくれよな」
そう言って卓真は銭湯に向かって歩き出した。明海は卓真を追いかけた。
「じゃ、あとは2人で」
そう言って圭も先に歩き出した。夏柘と柚はその場に残された。2人は数秒沈黙していた。
「・・・とんかつ、チキンかつ、ポークかつ、かつどん・・・」
「え?」
「バカ夏柘、バカ夏柘、バカ・・・」
「おい!柚!」
夏柘が柚をパッと見ると柚は泣いていた。
「・・・ごめん」
「・・・なんで卓真まで巻き込んだの?」
「・・・そうしたほうがいいって思ったから。卓真が本気で柚のこと好きだって思ってたし」
「もし・・・私たちが付き合ったらどうしたの?」
「覚悟してたよ。それでもいいから片思いしたかった」
夏柘は俯きながら言った。ほんの少し目に涙を浮かべていたのを隠すために。
「・・・私、今夏柘のこと好きじゃないよ」
「俺は好きだよ」
2人の間だけ照りつける太陽が輝きを増していた。夏柘の手を柚がそっと握る。
夏柘がしっかりと握り返した。もう絶対に離さないように。
「おい!卓真!お前ほんとにいいのか?オレよくわからないけどお前柚のこと・・・」
「いいんだよ!俺正直困ってたしな。俺はお前と違って恋愛とか興味ないしな」
「オレが教えてやるよ!!」
「お前がかー?」
卓真と明海にはなんだか不思議な友情が芽生えていた。
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