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私はあなたに恋してるよね?



夏の太陽が照りつける。暑くてまぶしい。でも柚はそこから離れることなく、話し続けた。


「私ね、気づいたの。いつも常に私を見てくれているのは卓真だってことに。中1のときもそう
だったじゃない。やっぱ身近にいすぎたからか、それ、ちゃんと見えてなかったと思う」
「お前い、いきなり、な、何言ってんの?」


卓真が真っ赤な顔で動揺していた。いつもの変な勘違いぶりはどこに行ったのだろうか?


「そ、それに、そ、そんなことい、言われても、お、俺、ど、どうして、いいか・・・」
「卓真、おもしろすぎ!いつもの自信はどこ行ったのよ」


柚はそう言って卓真の隣に行き、そっと卓真の右手を握った。


「あったかい。おっきいね卓真の手」


卓真の手は夏柘とつないだ手よりもドキドキはしなかった。でもすごく安心できた。
私が求めていたのは彼の手なんだ。柚はそう思った。そして夏柘はそっとその場から離れた。


「ねぇ卓真どうしてここが分かったの?」


柚は卓真の手をぎゅっと握って彼の目線に合わせる。気づけば卓真は少し身長が伸びて
いて、柚は見上げた。


「な、何でって・・・」


卓真は柚からわざと視線を外した。


「知ってるよ。私を追いかけてきてくれたんだよね?」


柚が笑いながらそう言っても卓真は視線を柚には向けない。ちなみに卓真は何を思っていた
のかというと・・・


「(え?え?えー!!こいつ一体いきなり何、い、言い出すんだ?今まではみ、認めようともしな
かったのに。し、しかも、手、手握ってるし、これはゆ、きっと夢だ。夢に違いない。目を開けて
みよう)」


完全にパニくっていた。そして目を閉じて勢いよく開けた。


「な、何してるの?」
「え?あれ、ゆ、夢じゃないのか?」


柚はその行動を見て笑った。卓真はただ戸惑ってばかりだった。


「ただいまー」
「あ、おかえり。どこか行ってたの?」


帰ってくると夏柘が何も知らないように出迎えた。夏柘は柚のほうがきつく握っている2人が
つないでいる手をじっと見る。卓真はその視線に気づき、パッと手を離した。


「あ、ちょ、ちょっとな。あー腹減ったなぁ」


とぼけるように卓真は先に家の中に入る。柚と夏柘はお互いただ黙っていた。数時間後、
中野と圭と明海がたくさんの買い物袋を抱えて帰ってきた。明海は右手にアイスキャンデーを
持っている。


「ただいまー!!」
「柚、オレ、アイス買ってもらったんだ」
「えーすいません」
「いいんだよ。あんなもの。さ、一休みしたら銭湯に行くとするかい。あ、さっきあのブタに会って
話したら喜んでたよ。ねぇ」
「でも厳しいから覚悟しとけってさ」


圭がそう言うと、みんな笑った。


「あれ?夏柘は?」
「あ、ちょ、ちょっとね。出かけてくるって」
「ふーん」


圭は何かおかしいことに気づいたが自分はもう何も言わない。そう決めたのであえてそれ以上
は何も聞かなかった。それより・・・・


「なぁ柚、あいつは何してんだ?」


圭は隣の部屋のある方向を指さして行った。そこにいたのは言うまでもなく、
淡路卓真14歳だった。


「神様―!一体俺はどうしたらいいんでしょう?俺ってバカキャラで通ってて絶対作者にも
陽の光とかスポットライトとか当ててもらえないって思ってたし・・・でもこれからはかっこいい
俺でいくべきか、それともこのままの方向性でいくか・・・」


たぬきの置物を神様に見立てひたすら話しかけていた。


「・・・あれは新しい宗教かい?」
「・・・さぁなんでしょう」


中野は目を丸くして言った。明海は持っていたアイスを落とし、圭は見ないように視線を逸ら
し、柚は苦笑いで答えた。その頃、夏柘は近くの公衆電話にいた。
電話の相手は・・・あの人だった。


「そう、柚は卓真が好きだってさ。これで俺も・・・」


大事なところで電話が切れた。夏柘はもう一度かけなおそうと財布から小銭を取り出そうとした
が、小銭はもうなかった。夏柘は微笑んで中野の家に戻った。まるで全て自分の願いどおりに
なったみたいに。


「さ、夏柘くんも帰ってきたことだし、そろそろ銭湯に行くかい」


夏柘が戻ってくると中野はそう言った。柚たちは用意をして銭湯に向かった。


「いらっしゃい。待ってたんだよ」


銭湯に着くと番台にはあの恰幅のいいおばさんがいた。


「そうそうそこのおばばに聞いたんだけど、あんたたち銭湯を再生しようとしてるんだって?
教えてあげたいのはやまやまだけど、ここもそんな繁盛してるわけじゃないからね。
ま、私でいいなら力にはなるけど、厳しいよ私は」


番台にいた、女は森と言った。森は女湯のほうをみて柚に言った。


「大丈夫です。お願いします」


柚が笑顔で返した。それを見て森は男湯にも聞こえるくらい大きな声で言った。


「あんたいい顔してるねー!!
3日前に来たときはもう何もかもが終わったような顔してたのに・・・恋でもしたのかい?」


柚は森にまた微笑み返した。でもその問いには答えようとはしない。そして中野と一緒に浴室
に入った。男湯ではその森の大声で言った言葉を聞いて圭がまた不信感を募らせた。
そんな圭に気づき、夏柘は圭に耳打ちした。


「俺を好きにならないでってあの日言ったんですよ柚に。でも今はもう卓真が好きだって
言ってました」


そう言うと夏柘はあたかも何も言わなかったように明海の手を引き、浴室に入っていった。
圭は横にいた不思議な人間を見た。その不思議な人間とは寝ぼけて○○えもんに告白し、
狸の置物に話しかけ、そして・・・銭湯と・・・戦闘を間違えているのではないかと思う淡路卓真。


「やっぱ銭湯と言えばこれですよね!」
「・・・俺先行くわ」
「ウォーターガン持ってきたのやばかったかな?」

「こらー!!あんた!そんなもん持ってうちの銭湯に入るんじゃないよ!!!」
「すいません」


番台の森に怒られ、卓真はしぶしぶそれをカバンにしまい、浴室に向かった。


「柚ちゃん・・・あんた、恋してるのかい?」
「え?はい」
「今より前のほうが恋してるように見えたね」


銭湯の中で中野は体を洗いながら柚に言った。だが柚はシャワーの蛇口をいっぱいまで
回して音を大きくしていたので中野の声が聞こえなかった。


「おい!もっと優しく洗えー!!」
「なんだと!もっときつくしてやろうかー!!」


男湯では先に入ってた明海となぜか背中の流し合いをしていたのは卓真だった。そして、髪を
洗っていた夏柘の隣に圭が座った。


「さっきの話本当か?」
「本当ですよ」
「何でそんなこと言ったんだ?」
「さぁ何ででしょうね」

「おーい!圭さん夏柘!こっちなんか泡のお風呂があるぞー!!」
「オレ入る」
「俺も」
「じゃお先に入ってきますね」


卓真が2人を呼んだので夏柘は話をやめて、卓真の元に行った。そして一人残された圭は
考えていた。


「(あいつ何考えてんだよ!柚が卓真を好きってどういうことだ?)」


体を洗い終えて2人は湯船に浸かっていた。


「柚ちゃん、柚ちゃんは夏柘くんが好きなのかい?」
「え?違いますよー!!卓真ですよ!」
「卓真・・・くん?」
「そうです。卓真です。卓真はいつも私のそばで私を支えてくれていたんです。やっとそれに
気づきました」

「気づいたっていうのは?」
「私、つい前に・・・失恋?したんです。夏柘に・・・」
「何て言われたんだい?」

「俺のこともう好きにならないでって。最初はすごく苦しくて泣いてばかりいたけれどでも卓真が
そばにいてくれてなんかもう吹っ切れた感じです」


柚のその言葉に中野は口を止めた。柚は不思議に思ったが何も言わなかった。しばらくして
中野が口を開いた。


「柚ちゃん、卓真くんはあなたのことが好きなのかい?」
「え?卓真が、私を好きか?ですか?そういえば・・・・」


柚は考えていた。そういえば一度も自分は卓真に好きだといわれたわけではない。でも・・・
自分に好意を持ってくれていると自覚していた。私を捜しにきてくれたんだからと。


「明日聞いてみます」