最終部


28

君の言葉が辛い。君の言葉が嬉しい。



あの日から3日が過ぎた。

頑張るとはいえ、これと言った策もなく、柚と卓真は2人で何かいい案はないかと銭湯を出て
外をぶらついていた。


「何かいいアイデアないかな?そうだ柚売り子しろよ!最近お前女っぽいし」
「え?(何言ってんの?卓真)」
「な!だから早く素直に俺が好きだと認めろよ!お前可愛くなったしさ」
「(バカ・・・まだ言ってる。でもちょっと嬉しいかも)」
「何俺に惚れた?」
「ばっかじゃないの!!(やっぱりバカだわ)」


「夏柘、あのさ・・・」
「何ですか?」


圭はどうしても柚の言葉が気になって仕方なかった。傷ついても涙しても夏柘が好きだと
言った柚が急に諦めると言った。何かわけがあるに違いない。でも何も言わないでと言われた
言葉が圭の中で歯止めをかけた。


「お前・・・どんな銭湯にしたい?」
「そうですね。やっぱみんなが行きたいと思える銭湯を目指していきたいですね」


夏柘が笑顔でそう言った。圭はもうこれ以上詮索することはやめよう。そう思った。


「あ!思い出した!!あそこに行けばなんとかなるかも」
「あそこ?」

「そう。私の大好きな銭湯」


そういうと柚は銭湯に引き返した。卓真はわけがわからないままただ後をついていった。


「銭湯?!」
「うん。そこで友達になった人が遊びに来てって言ってくれたの!泊まりがけで。その人になら
何かいい知恵もらえるかもしれない!連絡するからみんなで行ってみようよ」


「そうだ!柚ちゃんだったかな?一度近いうちにうちに遊びに来ないかい?」
「中野さんの家に?」
「そう。せっかく友達になったんだから。来ておくれ」


柚は3日前にこんなことを中野に言われていた。4人の承諾を得て、柚は急いで中野に連絡を
入れた。すると中野は大喜びしてくれた。そして5人は銭湯を閉め、用意をしてもう一度駅に
集合することにした。

数分後、まず駅に来たのは卓真だった。どこに行くのか勘違いしている卓真は大きなリュック
に大量の荷物を詰めて背負っていた。


「卓真・・・何その荷物」
「おう夏柘」


次にやってきたのは夏柘だった。夏柘は卓真の荷物の多さに呆れていた。


「・・・何入れてきた?」
「えーっと何かな?とりあえず着替えだろ、後はシャンプーとかそういう系。電車で行くみたい
だから、マンガ、あとは、後は何入れたかな・・・」
「・・・もういいよ」

「夏柘―!卓真―!おまたせ!って卓真あんた何その大荷物・・・」
「・・・山登りスタイルだな。やっぱバカだ」
「(こいつ、いつからこんなバカなんだろ?)」


柚たちが合流して5人は電車に乗り込んだ。


「こ、ここでいいのか?」
「そう!ここから歩くの」


4人は駅について驚いた。何もなかったから。辺り一面は田んぼ。カラスがカーカーと鳴いて
いる。柚は明るい時間に来たのは初めてで少し戸惑ったが3日前父親と来た道を頼りにし教え
てもらった場所へと歩いた。


「あるこうー♪あるこうー♪」


柚と圭は明海と手をつないでアニメの歌を歌いながら歩く。後ろでは卓真と夏柘が話していた。


「・・・卓真、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん・・会いたいんだ」
「夏柘、お前まだ・・・」
「会わせてくれるだけでいいんだ」


卓真は感じた。夏柘はまだ母親が忘れられないのかもしれないと。そしてその頼みごとは柚に
も聞こえていた。会いたい人はきっと・・・卓真の母親。
唇をぎゅっとかみ締めることしかできなかった。自分はもう夏柘を好きになってはいけない。
どんなに思っても受け入れてもらえない。分かっている。だからこそ思いを封印した。
それが今どんなに辛いことか柚は実感していた。


「柚ここじゃねえか?」
「え?」


そこには『中野』と書かれた表札が掲げてあった。柚は慌てて我に返り、
インターホンを鳴らした。


「いらっしゃい。よく来たね」
「こんにちは。あ、紹介しますこの子は私の弟で明海です。でこっちがいとこの吉原圭。
そして友達の淡路卓真と・・・下野夏柘です」


柚が全員を紹介すると中野は全員を中へ向かい入れてくれた。そして柚は中野にもここまでの
経緯を話した。


「銭湯を再生かい。そりゃずいぶんすごいことをしているんだねぇ。私が何か教えること・・・
そうだ!あんたたちどうせ泊まるつもりで来たんだろうからあの銭湯で学ぶのはどうだい?」
「え?!」

「あのブタは口悪いがちゃんと教えてくれると思うよ。部屋ならうちには有り余るくらいあるし」
「でも迷惑じゃ・・・」
「迷惑なんかじゃないよ!ただ厳しいとは思うがね」
「でもこんな大勢だし」
「全然!!むしろ私は嬉しいよ。こんなにいっぱい孫が出来たみたいだし。あのブタにも私から
言ってあげるしね」


こうして柚たちは中野家で2日間お世話になり、銭湯で学ぶことにした。


「すいませんご飯までご馳走になってしまって」
「いやいいんだよ。こんなものしか用意できないけど、たんと食べておくれ」
「いただきまーっす」


中野が昼ごはんを用意してくれて、全員が1つに盛られたそうめんの器に手を伸ばした。
すると夏柘の手がそっと柚に当たる。


「「あ、ごめん」」


2人はそう言い合ってどちらともなく手を離した。柚は思った。少し前まではぎゅっと握っていた
心地よかった夏柘の手。しかし、今は触れるだけで激痛が走りそうになった。
それは夏柘が好きな思いを中途半端にしか閉まっていなかった証拠だと。


「さースイカを切ったよ」


食後、中野がスイカを切って出してくれた。5人は縁側に座って風鈴の音に耳を傾けながら
ほおばる。甘いスイカはのど元を潤す。のんびりとした時間は日常のせわしなさを忘れさせて
くれた。


銭湯に行く前、中野が晩御飯の材料を買いに出かけた。それに明海と圭がついて行き、柚と
卓真と夏柘が家に残った。柚と卓真は縁側で話していた。


「お前も行けばよかったのに」
「いいの」
「女なんだから料理くらいしろよなー」
「出来るわよ!私だってあのとき・・・」


柚はそう言い掛けて口を摘むんだ。あのときとは夏柘と一緒に作ったとき勢いよく言いかけた
言葉はもみ消した。


「そ、そういや夏柘は?」
「あーあいつは・・・」
「どうしたの?」

「お前ほんとに夏柘のこと諦めたのか?」
「う、ん」
「圭さんから聞いた」
「そ、う」

「あいつ今・・・電話してる」
「そ、うなんだ」


搾り出すような声でそう言うと柚は靴を履いて外に飛び出した。卓真は最初、これでよかったと
思ったが思いなおして靴を履き、柚を追いかけた。柚はただ歩くという行為をひたすら続けて
いた。分かっていた。あのときから。『会いたい』と言った夏柘の言葉から自分には何も望みが
ないと。ただ聞くことが苦痛だった。こんなに辛い思いをしたのはあの時以来だった。


「相河のせいで俺ら負けたんだぞ」


中1の体育会。柚が出たのは女子選抜リレー。アンカーの柚にたすきが渡るまでは
順調だった。しかし、柚は抜かれてしまった。そのリレーの結果が順位に響いて柚のクラスは
優勝を逃した。柚は涙を流すこともせずただその現実を一人で受け止め誰にも何も言わず
一人クラスから離れた。人に言わないということがいかに辛いことか柚はわかっていた。


「柚!!!」


現実に戻った柚の目の前にいたのは卓真だった。
がむしゃらに走ってきたのか息が絶え絶え。あのときもそうだった・・・・。


「相河!!」
「・・・淡路くん?」
「お前何してんだよ?こんなとこで?」


学校の裏で一人ひっそりといたところに卓真はやってきた。そしてこう言った。


「お前は何も悪くないから!!」


フラッシュバックとともに卓真はそう言った。思い出と今が重なり、柚は思った。私を本当に
大事にしてくれるのは夏柘ではなく卓真だと。


「俺が悪かった。あんなこと言って」
「卓真・・・やっぱりあなたの言うとおりだよ」
「え?」

「私は卓真が好きみたい」


その後ろには夏柘がいたことも気づかずに。