23

夜、2人の思いは重ならない



時刻は午後8時を回っていた。しかし、一向に柚が帰ってくる気配はない。心配した圭は銭湯
まで見に行った。銭湯から柚の家は少し離れていた。とはいえ、徒歩10分くらいだが。


「柚!」


銭湯の前まで行くと柚がうずくまっていた。圭は柚の隣に行き、手を頭にそっと乗せた。圭は
柚が泣いていたことにすぐ気づいた。


「どうしたんだ?」
「・・・・・」
「何かあったのか?」
「・・・卓真に渡した」
「は?」
「間違えて卓真に・・・CD渡しちゃった」


柚は俯いたまま蚊の泣くような声でそう言った。


「なんか今日渡すって言って待ってたやつか?」
「・・・うん」
「で、卓真に返してくれって言ったのか?」
「ううん。言ってない」
「何で?」
「卓真がそこであけちゃった」


柚は俯くのをやめて全てを圭に話した。圭は黙って聞いていた。


「もう完全に誤解されちゃった」
「っていうのはあれか?夏柘が好きだって言ったCDを卓真にあげたことで夏柘はお前が知っ
てる曲を知らないって嘘ついて、あげく夏柘に見せ付けるかのように卓真にやったって夏柘は
思ってるってことか?」

「・・・わかんないけど、夏柘怒ってた」
「なんかあいつも意味わかんない勘違いしてるんだな」
「・・・でももう夏柘は怒って私と口なんか・・・利いてくれない」


そう言うと、柚はまた俯いた。圭は少し考えてこう言った。


「・・・柚、お前今どうしたい?」
「え?」
「卓真に返してもらいたくないか?」


その言葉を聞いて柚はぱっと圭のほうを見た。


「返してもらいたいだろ?じゃ返してもらいに行けよ。俺が夏柘のとこ行ってきてやるからさ!
あいつが何勘違いしたか聞いてきてやるよ!だからお前は卓真のとこ行ってこい」


圭はそう言うと立ち上がった。柚もつられて立ち上がった。そして軽くうなずいた。


「よし!じゃ決まりな!」
「・・・うん」


こうして、圭は夏柘のところに。柚は卓真のところに行くことになった。


「よ!」
「圭さん?」
「ちょっといいか?」
「どうぞ」


圭は柚に夏柘の家の場所を聞いて、やってきた。夏柘はインターフォンが鳴ったので出て行く
と圭がいたので驚いたが家の中に入れた。


「これ、どうぞ」
「お、ありがとな」


夏柘はリビングに圭を通して、コーヒーを入れて出す。圭と夏柘はソファに座って話し始めた。


「お前・・・飯どしてんの?」
「え?あ、コンビニで買ったりしてますけど」
「・・・そっか」
「柚に聞いたんですか?今日のこと」
「まあな」
「そうですか」
「・・・お前さ、ほんとにあいつが卓真に渡すために買ったと思う?」
「さあ」
「思ってないんだろ?」

「圭さん自分がうまくいったからって俺も柚が好きになったとか思ってるんですか?」


圭の言葉に夏柘は怒り口調で言う。圭は黙っていたが数秒後、口を開いた。


「・・・思ってるよ。お前さ後ろに・・・なんか隠してるだろ?」
「えっ?」


圭は夏柘がさっきから不自然な動きをしていることに気づいていた。そうその動きはまるで
後ろに何かを隠し持っていることを必死で隠しているかのように。


「・・・お前そうやって隠してるかもしれないけど、俺ここに来たときに見たぜ。一番に」
「・・・・」


圭の言葉に返事を返すことなく、見抜かれていたかと夏柘は後ろに隠してあるものをそっと
出した。


「お前さ、鑑賞用にでもすんの?CD2枚も買ってさ」
「・・・かないませんね圭さんには」


夏柘が後ろに隠していたもの。それは紛れもなく、『Kiss Me』のCDだった。それも2枚。


「俺も買ったんですよ。柚がいい曲だって言ってたから。CD屋の検索視聴機で探して」
「同じことしてたわけだな」
「でも俺、柚が好きなのかはわからないんです。確かに今日のことも腹立ったし、
よくよく考えたら変だとは思いましたけど。でも・・・これが好きなのかどうかは分からない」

「いいんじゃねえ」
「え?」
「要はお前の中で柚に対する気持ちが0じゃないんだからさ」
「・・・でもこれって中途半端ですよね?」
「100が必ずしもいいなんて俺は思わないぜ。要は0じゃないなら可能性はあるんだから」


圭はそう言って、夏柘の頭をぽんとたたいて立ち上がった。


「電話貸してくれ!今日はここに泊まるっておばさんに電話するからさ」


その頃、柚も卓真の家に行っていた。


「よ!柚どうしたんだ?ま、入れよ」


卓真は柚を家に入れた。そして自分の部屋に招く。しかし、柚は部屋の扉の前で立ち止まって
いた。


「入れよ。ま、今は誰もいないからそこでもいいけどな。あ!聴いたぜ!ありがとな」


卓真はそう言ってCDを手に持って上げて柚にみせるようにした


「・・・かえして!返してほしいの。それは夏柘にあげるために買ったの」
「・・・いや!!これは俺がもらったの」
「だからそれは・・・」
「間違えたってこと?・・・俺、お前泣かしたことあるか?」
「え?」


すると柚は自分の頬に手を当ててみた。少し湿っている感じがする。


「体は嘘つかないってこと。お前が求めていんのは俺だよ!!」
「はぁ?」

「夏柘にあげるCDを俺にくれたってことはそういうことだろ?
お前は好きなやつにあげたかったんだよ!好きなやつ間違うわけないだろ!!
お前は勝手に夏柘に恋してるように錯覚してるだけで夏柘に対して気持ちが定まっていない
証拠だ!!」


めずらしく卓真がまともなことを言った。それを柚がどう受け取ったか???


「ばっかじゃないのあんた!!何で私があんたの好きな曲知ってるのよ!!」
「調べてくれたんだろ?」
「あんたなんかのためにいちいち調べたりなんてするわけないでしょ」
「おま、お前それは失礼じゃないのか?」


柚はブチ切れていた。よっぽど卓真に言われたことに腹を立てたのだろう。
『夏柘に対して気持ちが定まっていない』といわれたことに。


「何をいわれようがこれは俺がもらったもんだ!!絶対返さないからな!!」
「あっそうですか!!じゃもういいわよ!!帰ります」


卓真は意地になっていた。柚もこれ以上言っても無駄だと思ったのか引き上げることにした。
だが帰り道、柚は考えていた。卓真に言われたことを。


「お前は好きなやつにあげたかったんだよ!好きなやつ間違うわけないだろ!!お前は勝手
に夏柘に恋してるように錯覚してるだけで夏柘に対して気持ちが定まっていない証拠だ!!」


「(・・・私、本当は夏柘のこと好きじゃ・・・ないの?)」