19

圭と裕歌の関係



少女を見る圭の目が変わったのは、その数秒後。圭は悲しい目をしていた。


「あ、家に電話したらいとこの家にいるって言われて、場所聞いてきたの。そしたら誰もいなく
て・・・隣の家の人が銭湯通いしてること教えてくれて、この子に会って連れてきてもらったの」
「・・・そっか」


圭の目は不自然。柚と明海は2人の会話を黙って聞いていた。しかし、二人はその圭を見て
ただならぬ雰囲気を感じた。


「圭にい、知り合い?」
「・・・うん」
「こんにちは相馬裕歌です」
「こんにちは。いとこの相河柚です。その子は弟の明海です。あ、こんなとこもなんですから
入ってください。って言っても銭湯の着替え場ですが」


柚はそう言うと、少女を女湯の着替え場に上げた。明海と圭も中に入ってきた。中には夏柘と
卓真が男湯の履き掃除を済ませて話し合いをしていた。


「あれ?お客さん?」
「そう」
「はじめまして相馬裕歌です」
「こんにちは」
「じゃ、私たちは男湯で話し合いの続きしましょ!あ、圭にいそこに飲み物あるから好きなの
飲んでいいわよ」


卓真と夏柘が理解できていないまま、柚は3人を連れて男湯の着替え場に移った。


「柚あの人・・・」
「圭にいの彼女かな?」
「へぇーめっちゃ美人だよな」
「どうしたの?明海さっきからずっと黙っちゃって」

「・・・圭がおかしい気がする。あの人もなんか変だ」
「確かに少し変かもね。でも2人に任せておきましょう」


明海の言った言葉に違和感を覚えつつも柚たちはこれからこの銭湯をどうやっていくのか
話し合いを始めた。一方暖簾一枚をはさんだ向こう側では圭と裕歌が話をしていた。


「どうしたの?また何かあった?」
「また彼とけんかしちゃった」
「何があったの?」
「いつもの口げんかだけどもう終わりかもね私たち」
「そんなことないと思うよ」


圭の口調はいつもの荒々しさを感じさせることのない優しい口調。しかしそのどれもに感情は
入っておらず、棒読みのようだった。


「圭、また一緒に行ってくれる?」


圭たちの会話が気になる卓真、夏柘、明海は暖簾のすぐそばまで行って会話を聞こうと
した。


「なんか言ってるぞ」
「そうだな。しかも女がお願いしてるな」
「ちょっと3人聞き耳立てるのよくないわよ!!」


そう言ったが柚も暖簾の近くに行くと聞こえてくる会話に耳を傾けずにはいられなかった。


「仲直りしたいの?」
「うん。だって私彼が本当に好きだから」
「そっか」
「ごめんね。彼の体裁を守るために私と付き合ってもらって。本当は迷惑してるでしょ?」
「そんなことないよ」


柚は話の意図が理解できない。しかし夏柘はなんとなくその意味を理解していた。だが、一番
最初に圭のところに飛びついていったのは他ならぬ明海だった。


「圭をいじめるな!!」
「明海?!」


明海は圭の前に立ち手を広げた。それを見て柚、卓真、夏柘も暖簾をくぐって女湯の着替え場
に入ってきた。


「え?いじめ?」
「そうだ!!だって圭がつらそうな顔してるじゃないか!!」


明海が言うように圭の表情はつらそうだった。でも圭は明海の肩にポンと手を置くと
こう言った。


「明海、俺が好きでやってることだから」


柚はそのとき圭が言ったあの一言を思い出した。「柚、片思いは、相手に見返りなんて期待し
ちゃいけないんだよ。自分がこうするから相手にもこうしてほしいなんて思うのはお互いが同じ
気持ちじゃないと負担以外の何者でもないんだ」


「(圭にいあの人に片思いしてるの?)」


「明海くんだっけ?おねぇさんね恋人がいるの。でもその人学校の先生で家庭持っててね、
だからね圭が他の人にばれないようにおねぇさんと付き合ってくれているの」


裕歌は明海の目の前に行き、目線を合わせるようにしゃがみこんでそう言った。
そしてそれを聞いていた夏柘もまた圭が自分に言った一言を思い出していた。


「お前がそう思うことで傷ついている卓真の気持ちは考えたことあるのか?」

「(あーこの人卓真と自分を重ねてたんだ)」


「でも圭は辛そうだぞ」
「どうして?」
「それは圭にいが裕歌さんのこと好きだからですよ」


柚が後ろからそう言うと裕歌は立ち上がり振り向いて柚を見た。


「圭が私を?」
「圭にいはあなたが好きなんです!でもあなたが他の人と付き合ってるから自分を犠牲にして
あなたを守ってるんだと思う。圭にいは私に言いました片思いは相手に見返りを求めたらだめ
だって!!だから圭にいはあなたに何も言わないんだと思います」

「圭・・・ほんとなの?」


柚の言葉を聞き返すように裕歌は尋ねる。でも圭は黙ったままだった。


「圭、ずっとそうだったの?」
「そうだと思いますよ」


今度は圭の代わりに夏柘が口を開いた。


「僕、ついこの前あなたと同じような恋をしていました。家庭持ちの女の人と。僕は僕なりに
幸せでした。でも僕は周りが見えていなかった。それを教えてくれたのが圭さんでした。
『自分がそんな恋をすることで傷ついている人がいる』ってことを」

「圭が?」
「圭さんはずっとそんな思いをしてきたんでしょうね。だからそのひとの家族の気持ちにもなって
いたんだと思います。でもあなたが好きだから止めることが出来なかった。でももう自分と同じ
ような思いを誰にもさせたくなくて僕を怒ってくれたんです。僕は彼女と別れたけど後悔してま
せん。感謝しています圭さんに」

「圭・・・」
「あなたもわかってください。経験した僕が言うんです。あなたの恋は自分たちしが見えていな
い。でもあなたにはそばにいつも圭さんがいてくれる。大事にしてください。圭さんのことを」


裕歌の目には涙が浮かんでいた。いつも常に自分を守ってくれていた圭が自分のせいで
傷ついていた。彼が自分を好きだった。今まで気づかなかった自分に罪悪感すら感じた。
そして圭のそばに行った。明海はそっと圭の前から離れた。


「圭、ごめんなさい。私全然気づかなかった。圭の気持ち。『俺がお前を守ってやる』って
言ってくれた言葉に甘えすぎていたね。ごめんね」
「・・・泣くなよ」
「ごめん。もう彼とは別れる。でもこれからもずっとそばにいてくれる?」
「当たり前だろ」


そう言って裕歌の頭をなでた。裕歌はゆっくり圭に寄り添った。それを見ていて卓真が口笛を
吹いた。


「ヒューヒュー」


ごんっ


「いて!」
「バカ!!せっかくいい感じになったんだから茶化すんじゃないわよ!!」


卓真の頭に柚の鉄拳が振り落とされた。


「でも夏柘かっこよかったわよ」
「柚もかっこよかったよ」


おやおやどうなるのでしょうか?この2人は???


「あ!でも俺この夏休みはここでこいつらの手伝いするつもりなんだ」
「え!?圭にい夏休みじゅうずっとここにいてくれるの?」
「うん。そのつもりできた!!」

「そっか。じゃ次会うのは2学期だね」
「おう!!裕歌・・・浮気するんじゃねえぞ!!」
「わかってる」


そう言って裕歌は帰って行った。圭の表情はいつもの笑みに変わっていた。裕歌の表情にも
微笑みが溢れていた。そして圭は言った。


「柚、夏柘、明海ありがとな」