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もやしっ子のスーパー勘違いは止まらない。そして・・・



翌日、圭はすっかり行く準備を整えていた。と言っても別に用意するものはないが。


「さー銭湯か楽しみだなー!!」
「圭にい、銭湯につかりに行くんじゃないのよ。掃除なんだからね!!」
「はいはい。分かってますよ」


こうして圭は今日銭湯掃除に参加することになった。


「こっちは私と明海のいとこで圭にい。もとい吉原圭。でこっちのもやしみたいなのは淡路卓真
でこっちが・・・下野夏柘」
「だ、誰がもやしだよ!!」
「あーら見たまんまじゃない。その貧弱な体はもやし以外の何者でもないわよ」
「貧弱ってなあ」
「何よ!もやしが主食なんじゃないの!!」

「・・・はじめまして、下野夏柘です」


柚と卓真が口げんかしている横で、夏柘がそっと圭に自己紹介をした。


「(こいつが夏柘かー)吉原圭です」


圭は目の前にいる夏柘をじっと見た。小学生とは思えない。身長だけではなく、顔もどこか
大人びていて、表情も大人顔負けだった。そう、卓真よりも少なからず大人っぽく見えたのは
言うまでもない。


「・・・圭さんは誰かに恋してますか?」


夏柘は自分から目を逸らさない彼の目を見て、そう言った。


「なんで?そんなことないけど。自分と同じだとでも思った?」
「知ってるんですか?」
「まあね。でも・・・自分が適わない恋していて、幸せか?」


夏柘は突然圭から目を逸らして、彼から離れた。


「幸せですよ。俺は」


そういい残して。


口げんかしていた柚と卓真も落ち着いて、とりあえず今日の掃除が始まった。今日はもう掃除
というよりもこれからどうやっていくかの話し合いが主になった。柚と明海と夏柘はそれぞれ
意見を言い合う。卓真は先に外掃除してから話し合いに参加すると言った。彼は外掃除が
好きらしい。


「私は絶対にBGMをつけるべきだと思うのよ」
「んーでも音楽って誰もが同じものを好きだとは限らないからなぁ」
「でも音楽ってお風呂で聴きたくない?」
「オレj-popなら聴きたい」


圭は横で話を聞いていたが、立ち上がって卓真の元に行った。卓真は玄関周りをほうきで
掃いていた。


「よ!はかどってるか?」
「あ、どうも」
「お前さ、夏柘だっけ、あいつどう思う?」
「どうってどうもないですけど」
「そっか」
「どうかしたんですか?」

「いや、お前はどうなの?」
「どうって?」
「柚のこと」
「・・・俺、あいつが嘘ついてるとしか思えないんですよ!!」
「嘘?」
「・・・あいつ俺のこと好きなのに夏柘を好きだって!!確かに夏柘はおかしいっすよ。
俺の母親にって、あ!」
「大丈夫。知ってるからさ、話続けて」
「あいつ俺の母親に恋してること俺おかしいと思うけど、それに柚が・・・
自分を犠牲にするなんて・・・」


あー卓真!!あんた何言ってるんだ!!圭は卓真の話を真に受けたのだろうか。


「じゃあ夏柘はどうしたいのよ?」


圭が戻ってくると話し合いはエスカレートしていた。圭は柚を呼び、男湯に連れて行った。


「圭にい?どうしたの?」
「・・・お前さ、卓真ってのの勘違いどうにかしてやれ」
「勘違い?」
「あいつお前が自分のこと好きだって言ってた。しかも夏柘のために犠牲になってるって」
「は?はー?」


柚の怒りが最大ボルテージに上がった。そして、柚は怒りをわかせながら卓真の元に行った。


「たーくーまー!!」
「あ、柚」
「柚じゃないわよ!!ちょっとこっち来なさいよ」


柚は卓真の服を引っ張って人気の少ないところに連れて行った。


「あんた!!圭にいに何言ったのよ!!」
「何って思ったことだけど」
「いい加減にしなさいよ!!誰が犠牲だって!!私は夏柘が好きだって言ったでしょうが!!
誰があんたみたいなもやし好きだって言ったのよ!!」

「(こいつ・・・そこまでして俺のこと・・・。よっぽど優しいんだな。夏柘を傷つけないようにして・・・
なんていい奴なんだ)」

「何か言いなさいよ・・・あーもういい加減にしいや!!私うじうじしとるんめっちゃ腹立つね
ん!!だいたいどこからあんたが好きいう話になったんよ?」
「お前、言葉関西弁・・・」
「あ、しまった。昔住んでたからつい出てしまった。ってそんなことはどうでもいいのよ!!
とにかく圭にいに意味不明なこと言わないでよね!!」


柚は昔、関西に住んでたことがあったので、怒りが最大まで上がるとたまに関西弁になるのだ
った。卓真はまた意味不明な理解不能の考えをしていた。


「(なんて、優しいんだ。あいつ、こうなったらどこまでも自分の気持ち隠すつもりだな。
よし!俺だけは柚の本当の気持ちをわかっているぞ)」

「じゃ、私戻るから。あんたも掃除終わったら戻ってきなさいね」
「お、おう」

「卓真!!」
「何しにきたんだ?」
「息子がしっかり働いているか見に来たのよ」


柚が銭湯の中に戻ろうとしたとき、卓真に声をかけてきた人がいた。それは柚が一番会いたく
ない白いTシャツにジーパン姿の卓真の母親。


「柚ちゃんだったかしら?こんにちは」
「・・・こんにちは」
「最近うちに来ないから卓真とけんかでもしたのかと思ってたわ」
「・・・近くの三好さんにお風呂借りてて」
「そうなの。またうちいらっしゃいね」


柚は優しい卓真の母親の言葉に素直に喜べなかった。結局、卓真の家でお風呂を借りたのは
数を数えられる程度。今ではもう母親が借りている三好さんのお風呂を毎日借りていた。


「卓真―夏柘は?」
「・・・中にいる」
「そっか。じゃ、少し会っていこうかな」
「じゃ、俺も入るよ。柚も入ろう」
「・・・・うん」


柚は今の卓真の母親の言葉で気づいたことがあった。


「(この人、もしかして・・・夏柘の気持ち知ってる?)」


卓真の母親は柚と卓真と一緒に銭湯の中に入っていった。


「こんにちは夏柘」
「あ!」
「元気にしてた?」
「・・・元気でした」
「よかった」


卓真の母親は圭と明海がいるのにも関わらず、夏柘に対して言葉をかけた。夏柘は急いで
声の元に駆けて行く。その夏柘の表情は痛いくらいに幸せそうで柚は見るのに耐えかねた。
でも、心なしか卓真の母親の表情も幸せそうに見える。それを圭は見逃すことがなかった。
そして圭はゆっくりと立ち上がり、2人の元に歩き出した。


「・・・お前体裁のために片思いぶってただけでそういうことか。夏柘。お前、恋愛してるってこと
だよな。片思いじゃなくて」