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許されることのない二人の思い
「け、圭にい、な、何言ってるの・・・」
「夏柘、お前卓真のお母さんと付き合ってるんだろ?」
周りの空気に衝撃が走った。誰もが信じられないというような顔をしている。
「・・・そうだよ。俺、付き合ってる」
夏柘の口から出た言葉は否定ではなく、肯定だった。小学5年生の子が人妻と付き合ってる。
そんな常識外れたことがあっていいわけがなかった。
「ごめんなさい。卓真、私夏柘のことほんとに好きなの」
「・・・やめてくれよ。そんな話聞きたくない!!」
「ごめんなさい。でも・・・」
「何度もすいません。でも聞いていいですか?あなた家庭を捨てて、彼と一緒になるつもりなん
ですか?」
「あなたは?」
「吉原圭と言います。柚と明海のいとこで高校2年生です」
「高校2年生?じゃぁあなた夏柘と同い年じゃない」
「同い年?お前、体裁のために片思いぶってたんじゃないのか?」
卓真の母親の言葉に誰もが耳を疑った。だとすれば夏柘は年齢を偽っていることになる。
それに誰もが気づいた。
「・・・そんなに壊したいの?何なのあんた、俺あんたと会ったの今日が初めてだよね?なのに
昔から知ってたかのように話してさ。俺が彼女と恋愛してることあんたに止める権利なんてない だろ!!」
今まで冷静だった夏柘が怒りをあらわにして、怒鳴りつけた。
「ったれんな!甘ったれんなよ!!お前はガキだから自分のことしか考えてない!!俺は彼女
が好きで、それで幸せだとふざけんなよ!!お前がそう思うことで傷ついている卓真の気持ち は考えたことあるのか?お前、どんなに大人ぶっても年齢はまだ11歳の小学生だろう が!!」
「小学生・・・?」
「あーそうだよ!!俺はガキだよ!!嫌われるのが見下されるのが恐くて年齢を偽って彼女を
好きでいた。小学生が好きだって言ってもきっと相手にされないって目に見えていたから。でも 年齢しか偽ってない!!気持ちは本物だ!それを彼女が受け入れてくれたんだ!!」
卓真の母親は夏柘と同様彼を思うことに夢中になっていて家庭という大事なものを忘れかけて
いた。それを圭の『傷ついている卓真の気持ち』という一言で思い出した。そして涙を浮かべ た。
「夏柘・・・ごめんなさい。あなたにそんな思いをさせてしまって・・・私はありのままのあなたが
好きよ。小学生でも何でも構わない。あなたと付き合って本当に幸せだったわ。忘れていた
気持ちも取り戻すことができた。あなたに会えて、あなたを好きになって本当によかった。
でも、でもね!私は忘れていたのかもしれない!!私は夏柘を好きだけれども卓真は愛して
いるの」
卓真の母親の目は恋をする女性の目から一人の少年の母親のまなざしに変わっていた。
「何もかもから逃げたくてあなたと出会って、だめだと思いながらもどんどんあなたに惹かれて
いって・・・会うたびに好きになって、まるで本当に幸せな恋をしていたときに戻れたようで。
私はあなたとの恋に夢中になってた。家庭も忘れるくらい。でも、もう夢は覚めたの!!
あなたとはもう今までの関係ではいられない。私は家族を愛しているから!」
「夏柘!!」
夏柘は黙って卓真の母親の話を聞いていたがいたたまれなくなり、その場を飛び出した。
柚はその後を追いかける。辺りはもう夕焼けに包まれていた。
「夏柘、待って!待ってよ!!」
夏柘は夢中で走った。前なら追いついた柚の足でもなかなか追いつくことが出来ず、
そして柚の呼びかけに答えようともせずに夏柘はひたすら走った。
「夏柘・・・」
もうどのくらい走り続けたのだろうか。辺りは夕焼けから暗くなっていた。
ここの場所も柚にはどこか分からないくらいになっていた。
それでも夏柘だけは見失わないように切れ切れの息ながらもひたすら追い続けた。
ふと、あるところに着くと夏柘は止まった。柚は夏柘の元に駆け寄った。
「・・・ここ、彼女と来た場所なんだ」
「もう帰りましょう。真っ暗だし」
そこは辺り一面何もない場所だったが、見上げると満天の星が散りばめられていた。柚は
夏柘の腕を掴んだが、夏柘はその腕を放すことなく真正面を向いていた。柚はそっと掴んで
いた腕を放した。
「・・・彼女に会ったのは、偶然だったんだ。スーパーで俺が万引きしかけて、それ見つかって
注意されて。俺の母親、俺を怒るってことなかったからさ。でそこで店長には言わないからもう
するなって。最初は俺も母親を求めてる感じだった。でも、いつしかそれが恋だと思った。
俺、背高いから高校生って嘘ついて・・・。それから偶然友達になった卓真の母親だって分かっ
て、俺は卓真に小学生だってことは言わないでくれって言ってさ・・・」
夏柘はそっと思い出すかのように彼女との出会いを語り始める。
「夏柘・・・」
「俺、何で小学生なんだろう。何で高校生じゃないんだろ」
「・・・あんたは下野夏柘でしょ」
「え?」
「下野夏柘はあんたじゃない。年齢とか関係なく、
あの人あんたのこと好きだって言ったじゃない」
「・・・それは・・・」
「それは何?あんたがあの人の気持ち信用しなかったら終わりでしょ?あの人あんたをちゃん
と好きだったのよ!でもあの人にはあんた以上にもっと大事な人がいた。もっと大事な家庭
ってものがあったのよ!!」
柚は夏柘の言葉に怒りを感じて強く言葉を放つ。そして夏柘の顔を自分に向けさせて言葉を
続けた。
「星の数ほど人はいるの。出会いと別れの繰り返しなのよ!それでもあなたはあの人に恋をし
た!私はあんたに片思いをした!!あなたはあの人に失恋した。でもあなたはまた恋が出来 るのよ!!」
「もう恋なんてしない。あの人以上に好きな人なんて・・・」
「私、そんなあんたでも好きなの!!そんな下野夏柘でもすきなのよ!!」
「・・・・」
「私があんたを好きな気持ち嘘じゃないから!!分かったわね!!」
そう言うと柚は夏柘のほっぺたをぎゅっとつねった。そして背を向けてこう言った。
「帰るわよ。みんなが心配してるだろうから。いいじゃない子供で、ガキで。ガキはガキらしく
感情出して、むき出しにしていきましょうよ」
そう言って振り返りもせずに歩き始めた。夏柘は黙ってその後をついて歩く。
柚は気づかないふりをしてゆっくり歩く。ちょうど2人の距離は今の2人の心の距離と同じような
感覚で微妙な距離を保っていた。
銭湯近くに来ると、突然夏柘の足音が消えた。柚が振り向くと夏柘が俯いて立ち止まって
いた。瞳からは涙があふれているのを隠すように。
「・・・柚ありがとう」
「・・・少し、ゆっくり帰ろうか」
柚は夏柘が涙を見られたくないと思い歩く早さを弱めた。その後ろで涙をぬぐって夏柘が
走ってきた。そして柚の頭をぽんとたたいてこう言った。
「また恋してみるかなー」
その言葉が少しだけ柚に自信を与えた。銭湯に戻ると明海と卓真の母親が残っていた。圭と
卓真は2人を捜しに行ったみたいでそこにはいなかった。夏柘は笑顔を浮かべて言った。
「ただいま。明海。・・・卓真のお母さん」
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