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夏柘の彼女と勢いの告白



柚と明海を連れて、卓真がやってきた場所に・・・夏柘がいた。息を切らして走らされた柚は
その光景をみて言葉が出てこなくなっていた。なぜならここはとあるスーパーの中だったから。


「た、卓真、ど、どうしてここに夏柘がいるの?」


3人は夏柘から少し離れたところから夏柘を見ていた。夏柘は何を買うでもなくじっと見ている
だけ。


「見てたらわかる」


卓真はそういうと口を閉ざした。明海はスーパーをうろつきたいと行動に出そうとしたが
卓真が腕の中にすっぽりと明海を抱いて動きを止めた。柚は黙って卓真の言うように、じっと
夏柘を見ることにした。夏柘は愛おしそうに誰かを見ている。そこにいたのは小学5年生では
なく、一人の男だった。そして柚は夏柘の視線の先を見て、驚きを隠せなかった。


「ちょ、ちょっと、どういうことよ?卓真!」
「見たとおりのこと」
「意味がわからないわよ!」
「だから見たまんまだって言ってるだろ!」


柚が意味がわからないというのも無理はない。なぜなら夏柘の視線の先にいたのは
柚も知っていた人物だったからだった。その視線に気づいてか、夏柘がパッと振り向いた。
夏柘は3人の姿を見ると一目散に逃げる。柚はその後を全力疾走で追いかけた。卓真も明海
をおぶりその後に続いた。


夏柘は止まろうとしない。柚は必死で声をかけながら追いかけた。そして、活動していないが
一応運動部所属だったので追いつき、夏柘を捕まえた。


「夏柘、ど、ういう、こと、か、ちゃん、と説明、しなさい」


夏柘は観念したようにおとなしくなった。そして4人はもう一度銭湯に戻った。


「どういうこと?」
「・・・・」
「黙ってたらわからないじゃない」


銭湯に戻った4人は女湯の着替え場で話し始めた。卓真はおぶっていた明海を下ろす。柚と
夏柘は長いすに座り、柚はあせる気持ちを抑えながら、夏柘を問い詰めた。


「仕入れの途中で寄り道してごめんなさい」
「違うわよ!私が聞きたいことはそんなことじゃないの!!あんた大事な彼女がいるって言っ
たじゃない。なのにあれは何よ?」
「彼女は大事な彼女だよ」


それまでびくびくと怯えていた夏柘がにらみつけるかのように柚に言った。


「何言ってるのよ?私が見間違えたとでも言いたいの?」
「俺にとっては大事な彼女だ!!」

「夏柘、もうやめろ」


それまで口を閉ざしていた卓真が言った。


「夏柘、もう嘘はやめろ」
「嘘じゃない!!俺にとっては・・・」
「両思いじゃないじゃない」
「そ、それは・・・」
「夏柘の一方的な片思いでしょ!!」
「そ、そうかもしれない!でも・・・俺はあの人が好きなんだ!!」

「・・・あの人なんて言うな・・・あれは俺の母親だ」


そう。なんと夏柘が『大事な彼女』だと言ったのはな、なんと卓真の母親だった。卓真は夏柘が
自分の母親に熱烈的に好意を寄せていることは知っていた。でも、そこまで思っているとは
思っていなかった。だが、柚から夏柘に彼女がいると聞かされ、もしかして・・・と思ったことが
的中していたのだった。


「夏柘、あんた本気で言ってるの?」
「本気だ」
「適わない恋よ。絶対に」
「・・・そうかもしれないけど、でも俺にとったら・・・」


ブチっ


「い、いい加減にしなさいよ!!あんた年とかそんなん言う前に人妻!!しかもここにいる卓真
の母親じゃないの!!そんな人好きになったって一生付き合ったりできないし、振り向いてもく
れないじゃない!!そんな恋、私絶対に、絶対に認めないからね!!」


さっきの音は柚の怒りが爆発した音。こうなった以上だとえ明海であれ、卓真であれ、そして、
前止めることが出来た夏柘でさえ誰も柚を止めることが出来ない。


「だいたい何なのよ!!ストーカーみたいにねちねちねちねち熱視線送ってるだけじゃな
い!!あんなの彼女でもなんでもないのよ!!あんたが勝手に思ってるだけでしょうが!!
そんなのに小学生扱いされたくらいで大声張り上げたりして、あんた何なの?自分の思いを
勝手に恋愛にするんじゃないわよ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着け柚、夏柘も言い分があるだろうし」
「うるさいわよ!!私が、私があんたに彼女がいるって聞かされてどんな思いしたと思ってん
の!!」
「えっ?!」

「私はあんたが、夏柘が好きなのよ!!決めたわ!!私、絶対にあんたを振り向かせて見せ
る!!人妻にハマッたあんたに本当の恋を教えてあげるわ!!」
 

柚は勢いに任せて告白してしまった。そして柚は言いたいことだけ言うと明海を無理やり腕に
抱いて家に帰った。残された卓真と夏柘は柚の迫力に言葉も出なかった。


「いや、今、のはかなり、すごかったな」
「う、うん」
「・・・・」
「・・・・」


卓真は夏柘の隣に座った。2人の間に沈黙が流れる。夏柘がちらりと卓真を見ると卓真は信じ
られないというような顔をしていた。夏柘はその表情を見なかったかのように顔を向き直した。


「あいつ、お前のことが好きだったんだな」
「あ、そ、そうみたいですね」


卓真が俯きながらぼそっと言った。夏柘は前に卓真に柚は自分のことが好きかもしれないと
言われていたのを思い出してか敬語で返した。


「お前、柚のこと好きか?」
「いや、俺は・・・彼女が・・・卓真は、卓真は柚が好きなんだろ?」
「俺が?俺が柚を好きかって?」
「そう。卓真は柚が好きなんだろ?」
「俺は・・・」


卓真は考えていた。柚が自分のことを好きだと思っていた。それが自分の全くの勘違いだっ
た。でも彼はそこでめげることはなかった。


「違う!!俺がじゃなくて柚がだ!あいつは勢いに任せてお前が好きだって言ったけど、それ
は嘘だ!!確かにお前が俺の母親を好きでいるより柚を好きになったほうがいいと思ったけ
ど、かわいそうだから先に言っておく!あいつは柚は絶対に俺が好きだ!!」


夏柘はあきれてもう何もいえなかった。卓真は自信たっぷりに言った言葉に返す言葉が見つ
からない。それにしてもこれからどうなるのか?夏柘は卓真の母親が好きで、柚は勢いで夏柘
に告白し、卓真の勘違いは止まらない。もしかして唯一まともなのは明海だったりするかもしれ
ない。