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夏柘が来ない。そして彼が嘘をついていた?



柚は一人今日の出来事を振り返っていた。夏柘が言った言葉は紛れもない事実。
「彼女」その言葉がこんなにも苦しく、胸を締め付けることをはじめて知った。


「本当はこんなこと言いに来たんじゃないんだけど、でも、俺が小学生扱いされたくなかった
ってどうしても伝えたくって」
「そう、なんだ」
「明日からまた来てくれるよな?」
「銭湯の掃除?」
「うん」
「俺、柚がいないと何かやる気しないし」
「・・・・考えとくよ」
「うん。明日来てくれること待ってる。じゃ俺帰るわ」


彼女がいるのに柚がいないと・・・。その矛盾した言葉。でもそれは決して柚を異性として意識し
た言葉ではなく、一緒に銭湯を復活させようという同士への言葉。柚はまた俯いてじっと部屋で
考えていた。そのとき、ドアが開いた。


「柚、明日は行くよな?」
「明海・・・」
「オレ明日から柚が行かないならもう行かない」
「明海、ありがとう。夏柘に言ってくれたんだってね」
「だって柚、あいつのせいで・・・」
「行くよ!また明日から柚ちゃん復活しちゃう!!」


自分を大事に思ってくれている明海のためにも柚はまた銭湯に行くことを決めた。夏柘への
思いを封印することと同時に。翌日、朝は快晴だった。カーテンを開けると、まぶしい朝日が
目に痛い。いつものようにTシャツにジーパンとラフな格好に身を包み、柚は部屋から出てき
た。


「おはよう!」
「おはよう柚、今日から行くの?」
「当たり前よ!私がいないからさぼられてたら困るもの」


そう言った柚の表情は何かをふっきったかのような澄み切った青空とまぶしい太陽のような
笑顔だった。


「おはよう」
「柚?!」
「今日から復活よ!!またみっちり頑張りましょう!!」
「もうお前大丈夫なのか?」
「当たり前よ!第一私がいなくて誰が仕切るのよ!!」
「それもそうか」

「あれ?夏柘は?」
「あいつは仕入れ!」
「そっか。じゃぁ暑さに負けないように頑張りましょう!!」


柚は昨日の思いを振り切るかのように掃除をしていた。私が元気じゃないと迷惑をかけてしま
う・・・それが痛いくらいに感じられたからだった。夏柘には彼女がいる。その現状を受け入れ
ることが一番だと思った。


「卓真―!!あんたいい加減にしなさいよ!」
「何が?」
「何がってわかってるんでしょ?」
「だから・・・何が?」
「私に言わせるつもり?」

「(え、もしかして・・・とうとう愛の告白か?やっぱあいつ手紙とかより直接言うのがいいと
思ったんだろうな。なんて言うつもりなんだろ・・・・?)」


〜卓真の妄想劇・・・〜

「卓真、私、ずっと卓真のことが好きだったの」
「えっ?」
「でもなかなか言えなくて・・・」
「そっか」
「私と付き合ってくれる?」
「分かった」

〜終わり〜


「分かったのね?じゃぁちゃんと水道の蛇口も拭いといてね」
「えっ?」
「前言ったじゃない!何度言わせるのよ!!ちゃんと磨いて綺麗にしててね!!」


そう言うと柚は浴室から出ていき、卓真は浴室に一人残されていた。無理もない。こんなところ
でいきなり愛の告白なんてする人はいない。しかも二人は浴室の掃除中。柚は鏡を磨いて、
卓真はお湯が出るかの確認と蛇口磨きの担当だった。卓真は何度も綺麗に蛇口を磨けと
いわれていたのに、一度も守らなかった。それにとうとう柚はキレたのだった。


「俺が何したって言うんだ・・・」


相変わらずの卓真だった。彼の脳細胞には勘違いという言葉はないのだろうか?


「そういや、夏柘来ないわね」


3人は休憩を兼ねて、お昼ご飯を食べていた。いつもお昼ご飯はコンビニで来る前に各自買っ
てきてそれぞれ好きなように食べていた。でも今日はなんとなく掃除もいい感じになってきて
いたので全員で一緒にご飯を食べる。ちなみに今日のメニューは卓真はコンビニ弁当。柚は
鮭とかつおのおにぎり。明海は鮭わかめおにぎりを食べていた。


「そういや、そうだな」
「フルーツ牛乳には時間がかかるものなんだ」
「でも、もうお昼よね」
「まぁ来るだろう。それよりそろそろ本格的に銭湯開始だな」
「そうねー今まで掃除よく頑張ったわ」
「あれからもう1週間は軽く掃除したもんな」

「ねぇー私、案があるんだけど」
「案?」
「BGMをかけるの!!」
「は?お前銭湯にBGMかけてどうするんだよ?」


卓真は食べていたご飯を落としそうになる。それでも柚の熱弁は続いた。


「今、音楽って日常的にあるじゃない。私もお風呂で音楽聴きたいなって思うことあるし、
リラックスできるって思うのよ」
「でも音楽なんて合わないだろ」
「でもかかってたらよくない?」
「まぁ音楽にもよるけどな」
「オレもJ-popなら嬉しい!!」
「お前4歳児のくせにj-pop好きなのか???」

 
生意気少年、相河明海。4歳児にしてこよなくj-pop大好きである。


「でも私はいいと思うのよ」
「んー銭湯にBGMかぁ」
「いいでしょ?」
「じゃぁ夏柘が来たら聞いてみるか」
「でも、夏柘来ないね」
「そうだな」


夏柘の来る気配は全くない。柚はふと頭によぎるものがあった。
『もしかしたら夏柘は・・・彼女のところに行ってるのかもしれない・・・』と。でもそれがもしそうで
あっても当然だと思った。たとえ165cmだとしてもたとえ小学5年生だとしてもたとえ柚の好きな
人でも・・・下野夏柘という少年には大好きな彼女がいるということ。それは紛れもない真実。
気にしないようにしても、ずっと柚の頭の中には絶えず夏柘がいる。


「彼女のところに行ったのかもね」


柚はさらりとそう言った。その言葉に即座に反応したのは卓真だった。


「彼女?あいつ彼女なんていないぜ」
「えっ?だって言ってたわよ。大事な彼女がいるって」
「・・・あいつそんなこと言ったのか?」
「言ったけど・・・」
「まさか、あいつ・・・ちょっと柚行くぞ」


そう言うと卓真は食べていたものを片付けて、浴室などに鍵をかけ、戸締りを始めた。
柚と明海は何がなんだかわからずに、ただ一人黙々と動いていた卓真をじっと見ている。
卓真は全ての戸締りを済ませると荷物を持って、柚と明海に外に出るように言い、銭湯全ての
鍵をかけた。


「ちょっとあんた何してるのよ!」
「いいから行くぞ」


卓真は柚に有無を言わせる間も与えず明海を背中におぶり、柚の手を引き、一心不乱に
走った。一体卓真はどこに行くのか?夏柘には彼女はいないのか?
謎だらけになってしまった。