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寺に着くと辻宮は家族から熱烈な歓迎を受けていた。

あたしなんかそっちのけでみんな辻宮にべったり。バカバカしい。

どうせすぐ追い出してやるんだから。

あたしは暑苦しい家族を横切って自分の部屋に行こうとした。


「おお、バカ孫も一緒じゃったか。
話があるんじゃよ。隼人と二人でお堂に来なさい」


いきなりおじいに呼び止められた。

何よもう。用があるならここで言えばいいでしょ。

ただでさえあたしちょっと機嫌悪いのに。

辻宮にさっきからかわれたことであたしの怒りはピークになっていた。

でもその分少しだけ安心もしたけれど。

だってこのごろあたしは辻宮のことで胸がおかしくなったりしてたから。

先におじいとお堂に行った辻宮をよそに

あたしは部屋で私服に着替えて半ば嫌々お堂に向かった。


「バカ孫!!何しとったんじゃ!!遅すぎじゃ」

「・・・着替えてたのよ」

「別に着替える必要もないじゃろ」

「制服がしわになったら大変だから着替えたのよ」

「ふん。まぁいいわ。お前らに話っていうのはじゃな、
まぁ今回の隼人のことは学校からも連絡があった。
手厳しい結論をだすことになったのは仕方のないことだし、当然じゃ。
暴力を振るったのじゃからな。
でまぁ隼人にはこのお堂での生活をしてもらおうと思う。
ま、風呂や飯などはうちで食べればいいのでそれ以外の生活は
すべてここでしてくれればいい。
で未彩、聞くところによると隼人の暴力事件にはお前が絡んでいるということも聞いた。
よって今日から隼人と二人お前もここで生活しろ」


辻宮は黙って正座しながら聞いてたけどあたしは足を立てて

だるくしておじいの話を聞いていた。

何を言い出すのかと思ったらそんなこと・・・って

えー!!このじじい一体何言い出すのよ!!!?

辻宮と二人でここで生活しろ?!

そんなの絶対に無理。無理ったら無理に決まってる。


「む、無理に決まってるでしょ!?
何言ってんの?おじい。こいつは男であたしは女。
そんな男女が一緒にこのお堂で暮らすとか絶対に無理!!!」

「お前みたいなバカ孫に隼人が何か思うわけないじゃろうが!
それからこの神聖なるお堂では化粧、変な服は禁止じゃからな。
つまり隼人には一緒に生活して未彩の教育係になってもらうということじゃ」

「そ、そんなの勝手に決めないでよ!
だいたいみんながそんなこと許すわけないでしょ。
特にお父さんなんて絶対に反対に決まってるわ」


そ、そうよ。お父さんが許すはずかない。

だってこんなかわいい娘が男と二人で暮らすなんて。

ありえない。うん。絶対に反対するに決まってるわ

。そう思っていたらおじいが一枚の紙をあたしの前に差し出した。

そこに書いてあったことはあたしの考えを完全に裏切る言葉だった。


"未彩、隼人くんを襲っちゃダメよ 母"
"隼人!未彩に襲われたらいつでも駆けつけてこいよ 依智
"隼人くん、未彩に何かされたら家に帰っておいでね 父"


・・・これはあたしの家族?何これ?

どれも辻宮のことを心配する伝言じゃない。

ふざけないでよ!!あたしは女よ!!

あたしのほうが少なくとも襲われる率高いに決まってるじゃないのよ!!

もう嫌。こんな家さっさと出ていきたい。


「それとも未彩、お前まさか隼人に襲われるとでも思っておるのか?
まあそれは確率的にありえんじゃろうから心配するな。隼人には・・・」

「師匠!!」

「すまんすまん。とにかく未彩のことよろしく頼むな」


あたしの合意もなく勝手に決められ、いつの間にかおじいはいなくなってた。

冗談でしょ?辻宮と同じ部屋に寝ろっていうの?

嫌、絶対に嫌。帰ってやる。

あたしの家はこんな寺じゃなくてちゃんとした家だもの。

こんなところ辻宮が一人でいればいいんだわ。

あたしは辻宮を見ようとせずに立ち上がった。


「待てよ。どこ行くんだよ?」

「帰るに決まってるでしょ。あたしの家はここじゃないわ」

「師匠に言われただろう」

「そんなの関係ない。
あたしの意志はまったく無視じゃない。こんなの絶対に嫌」

「・・・俺のことそんなに嫌いなのか?」


意表をつくような辻宮の言葉。少し寂しそうな声がした。

でも嫌なものは嫌なの。たしかに辻宮のことは嫌いじゃない。

変な違和感をたくさん感じたけどでも心地いいと感じるときだってある。

でも、それとこれとは違うでしょ?

あたしとあんたは違う生き物。嫌いとか好きとかそんなのよりもっと何かあるでしょ?

あたしはそっと腰を下ろした。辻宮の隣に。


「嫌いじゃない。でもあたしは同じ部屋で暮らすのなんて無理」

「・・・何もしないよ。絶対に何もしない。
お前が嫌がるなら指一本さえ触れない。
だから・・・ここで一緒に暮らしてくれないか?」

「どうして?あなた私の家族が好きなんでしょ?
わいわいしてるあの家族が好きなんでしょ?
ここじゃそんなこと感じられない。一人でいるのと変わらないのよ。
嫌だって言えなかったんでしょ?
本当は辻宮だってこんなとこで暮らすの嫌でしょ?
おじいに言われて反論できなかったならあたしが言ってあげる。
部屋がないなら依智と一緒に寝ればいいじゃない。だからちょっと待ってて」


あたしはそう言うともう一度立ち上がろうとした。

こんなとこ辻宮だって嫌に決まってる。

でもきっとおじいにいわれたから何もいえなかったのよね。

ったくおじいも最悪。

当事者の気持ちも無視してそんなことを言うなんて・・・。

そう思ったのにあたしの左手には強い圧力がかかっていた。


「・・・いいんだ。俺はこれでいいって思ってるから」

「辻宮?」

「確かに年頃の男女が同じ部屋で生活するなんて間違ってるって思う。
俺だって男だし、もしかしたらこの先手を出してしまうかもしれない衝動に
駆られるかもしれない。
だけどお前がこの条件を飲んでくれるなら約束するよ。
絶対にお前の嫌がることはしないし、もしそんなことしたら俺を追い出してくれていい」


辻宮の目がすごく真剣だった。まただ。

今日も誰かがあたしの胸を針で突き刺してくる。

誰?もういい加減にしてよ。すごく痛いのよ。

やり返してあげようか?この胸の痛み、誰か知らないあなたにも。

でも、でも今日はそれだけじゃない熱い。燃やし始めたの?あたしの人形。


「ど、どうしてそんなにこだわるの?辻宮だってわかってるじゃない。
手を出したくなるかもしれないって。
そんな風に結果が見えているのにどうして?今ならまだ間に合う。
そうなってからじゃ遅いじゃない。
あたしは辻宮を世界で一番嫌いになるかもしれないのよ」

「それでもいい。ただ傍にいてくれればいいんだ」

「・・・そんなこと言わないでよ。だいたいなんでそんなに急に弱弱しくなるの?
さっきまであたしのことからかって楽しんでたじゃない。
さっきまでの勢いはどうしたのよ?
・・・それにあなた好きな人がいるんでしょ?あたしだって央と・・・」


央とどうするの?付き合うの?無理に決まってる。もう顔も見たくない。

あんな風にキスされてしかも央はあたしのこと好きでもないのに。

それに辻宮だってちゃんとさっきの写真の人がいる。

それなのに今度は誰かの代わりにされるなんて嫌。

もうちゃんと誰かあたしだけを好きになってほしい。


「・・・ごめん。忘れて。あたしやっぱりおじいに言ってくる。
こんなのやっぱり嫌だしね」

「・・・あいつと付き合うのか?」


あたしの腕を掴んだままあたしの正面に辻宮が体を動かしてきた。

視線はまっすぐにあたしを見てる。

目にはとても怒りがこもっていてあたしは見ていられなくなる。

あたしは視線を下に落とした。


「・・・わからない。でもそれは辻宮には関係のないことでしょ。
あたしのことを思って央を殴ってくれたことは感謝してる。
でもそれ以上のことはあたしが決めること。
辻宮には関係ないわ」

「お前はずいぶんと俺を怒らせたいみたいだな」


やだ。怖い。辻宮の手が顔に触れる。

あたしの顎を掴んで勢いよく正面に向かせた。

とにかく顔を合わせたくなくて目だけ泳がせる。

少しでもその瞳に目を合わせたら殺されるんじゃないかと思うくらい

辻宮に今、あたしは恐怖感を抱いていた。

そのまま両手首を掴まれ押し倒される。


「覚悟しろって言ったよな?
今すぐに『関係ない』なんて言わせないようにしてやろうか」

「・・・辻宮?ねえやめてよ。お願い。やめて・・・」

「怖いのか?随分勢いがなくなったじゃないか。どうせ慣れてるんだろ?」

「嫌、嫌だよ。ねえ辻宮、お願いやめて」


誰か助けて。怖い。怖いよ。お願い誰か!!

あたしを早くこの恐怖から救って、怖いよ。怖い。

胸が痛くてもいいからお願い。助けて。


「・・・ごめん。こんなことするつもりなかった。
何もしないとか言ってこれじゃ説得力も何もないよな」


突然辻宮があたしを掴んでいた手を離した。

あたしに背を向けて泣きそうな声で言う。

怖かった。あたしの息が上がる。

背中が震えてるような気がしてあたしは辻宮の背中をゆっくり抱きしめた。

怖いけどそれ以上に辻宮が泣いているような気がしたから。


「辻宮・・・」

「ゴメンな。もうさっきの話はなしにしてくれていいから」

「・・・いいよ。でももうあんなことしないでくれるよね?」


あたしの口からそんな言葉が出る。

でも辻宮がすごく傷ついているような気がしてこのまま放っておけないって思った。