何でこんなことになってしまったんだろう。ってあたしが悪いのよね。

でもあれは売り言葉に買い言葉みたいな感じで。

それにそんなこと辻宮が許すわけないって思ったら軽くOKされちゃって。

家に連絡したら案の定大歓迎の言葉が返ってきた。

みんなそんなに辻宮がいいの?

であたしたちは今寺、もといあたしの家に向かっていた。


「ねえ、辻宮ほんとにいいの?」

「何を今更」

「だって・・・暮らすのよ?あたしの家で。
今なら帳消しにしてあげてもいいわよ。
あんただってプライドがあったからあそこでは断りにくかったと思うけど、
今はあたししかいないし」

「・・・怖いのか?」

「怖い?あたしが?」

「俺は全然かまわない。むしろ大歓迎なくらいだ。でもお前が怖いんだろ?」


怖いって喧嘩の百戦錬磨だから?そんなことは気にしてない。

颯太も何もしなければ辻宮は手を出さないって言ってたから。


「怖いわけないじゃない。あたしを誰だと思ってるの?岩瀬未彩よ」

「へえ。ずいぶん強気だな。じゃあ気にするなよ」

「あ、あたしはただ辻宮が無理強いしてるんじゃないかって思っただけよ」

「全然」


さらりと交わされた言葉。あたしは全然平気よ。

平気なんだけど、なんだかすごく胸が苦しい。っていうか

なんか動悸が激しい気がするのはなぜ?


「・・・家寄っていいか?荷物取りたいし」


途中、辻宮の家に寄ることになった。

あたしの家から距離はそんなに離れていない。徒歩10分くらいってところ。

白いアパートの階段を上がっていく。あたしの理想の家。

こんなに理想的な家に住んでるのに何がそんなに不満なの?


「入れよ」

「・・・おじゃまします」


本当は上がる気なんてなかったけど準備に時間がかかるからと

辻宮に促され中に入った。綺麗な家。

ちゃんときっちり整理整頓してあってほんとにいい家じゃない。

でも生活感はあまり感じられなかった。

辻宮が自分の部屋に入り、荷物を用意している間

あたしはぐるぐると周囲を見渡していた。


「何だろ?これ」


ふとたんすの上に置かれた一つの写真立て。

にっこりと微笑む辻宮。今より少し幼いかもしれない。

その隣には綺麗な女の人が写ってる。

辻宮のこんな笑顔あたしは知らない。


「わり」


辻宮が部屋から出てきた瞬間、あたしは写真立てを後ろに隠した。

なんだかそうしなきゃいけない気がしたから。


「も、もう用意できたの?」

「ああ。持ってくもんなんて学用品と服くらいだろ。

そんな離れてないしいるならまた取りに来ればいいからな」

「そ、そう」

「・・・お前後ろに何隠してんだ?」

「え?な、何にも隠してなんかないけど・・・」

「・・・嘘つけ。早く出してみろよ」

「・・・な、何にもないって言ってるでしょ」


そう言って後ろに後退したとき、

あたしの後ろ手の写真立てがごとっと音を立てて落ちた。

幸い割れてないみたいだけど・・・やぱい。どうしよう。

きっと辻宮怒るに決まってる。

あたしとの距離を縮めようとゆっくり詰め寄る辻宮。

あー殴られる。あたしが覚悟を決めて俯きぎゅっと目を瞑ると

辻宮は落ちた写真立てをゆっくり拾った。


「・・・・」

「・・・ごめん。勝手に見て」

「いや、飾ってあったんだから別に見ちゃいけないってもんじゃないから」

「その人・・・・」

「ああ。俺の好きな人」

「そ、そうなんだ」

「まぁ好きだった人だけどな」


そう言って写真立てを元の場所に戻す。

何これ?心臓が痛い。壊れそう。

胸を押さえてないと立てないような。

辻宮の好きな人か。すごく綺麗だった。

それにあんな笑顔の辻宮見たことない。

写真立てを戻すと辻宮はカバンを肩に下げた。


「じゃ行くか」

「あ、写真持っていかなくていいの?す、好きな人なんでしょ?」

「・・・・」


何も言わずその写真立てをカバンに入れる。

少し怒っているような感じがしたのはあたしの気のせい?

そして行くぞと言って部屋を出た。

親に何も言わなくていいの?と聞くといいとただそれだけ。

トントンと階段を下りていく。いいの?だってあたしの家よ?

いわば同棲みたいなもの。ってか居候よね。

それなのに本当に親に何も言わなくていいの?


「・・・辻宮いいの?」

「いいって言ってんだろ」


階段を下りたところでふともう一度聞いた言葉に

大きな声で反発されてあたしは体が硬直した。

それに気付いたのか辻宮は悪いと呟いた。

あたしは首を振る。家族に触れられたくないのかもしれない。

もうあたしは辻宮から言ってくるまで家族の話はしないでおこうと思った。


「・・・さっきは悪かった」

「え?」


しばらく無言で家路に向かっていたあたし達。

寺が近くなると辻宮が口を開いた。顔を合わせずに会話が始まる。


「俺の家族、なんかほんと家族っていう感じじゃなくて、
親父もお袋も家には帰ってこねえし。ほとんど俺一人って感じでさ。
親らしいことなんて何もしてもらってなくて。
本気でお前の家がうらやましくて仕方なかった。
最初はやっぱ反発心ってのもあったけどそんなのも段々なくなってきてさ。
土日はお前の家に入り浸ってた」

「・・・もしかして辻宮、あそこがあたしの家だって知ってたの?」

「・・・ああ。確かにあの家でお前に会ったことはなかったけど
いつもお前のことはうわさに聞いてたよ。すごい孫がいるってな」


辻宮が立ち止まって振り返る。あ、その笑顔。

あの写真と同じ笑顔で辻宮が笑ってる。

すごく優しそうに。初めてみたこんな辻宮の顔。

また心臓が・・・でもさっきとは違う。

壊れるっていうよりも前に飛び出てきそう。

それにしても辻宮あたしのこと知ってたんだ。

あのときわざと驚いたふりをしていたのはあたしを傷つけないためだったの?

辻宮あんたって・・・


「ま、ほんと師匠から聞いたとおりのすごい孫だったな」

「ど、どういうことよ?」

「まんまの意味だけど」

「辻宮!!」

「・・・なぁ。俺たち同じ家に住むんだろ?だったら名前で呼べよ」

「はあ?何であたしが名前で呼ばなきゃいけないのよ」

「だって一応家族ってことだろ?
俺を苗字で呼ぶってことは家族から阻害してるってことになるだろ」


なるほど。って何納得してるのあたし。っていうか

辻宮なんかキャラ変わってない?

後ろに黒い羽が見えるのはあたしの錯覚??

なんかすごく踊らされてる気がするんですけど。


「ちょ、ちょっと確かに分かったわよ。でもそんな急に呼べるわけないでしょ」

「へえ。そっか。呼ばないなら仕方ないな。あの話を家族にばら撒くか」


あの話?あの話って何?

授業サボって友達とカラオケ行ったこと?いやそんなの軽いわ。

じゃあ先生のカツラをバラして説教されてあげく

親呼び出すまで言われて泣き落としをしたこと?

それともおじいの大事なくり饅頭をこっそり食べたこと???

いや特に最後なんてばれたらもう終わりだわ。

一度黙っておじいの好きな"いと屋"の羊羹食べたときにバレて

3時間正座させられて立てなくなったことがあるくらいだもの。

もう二度とあんなのは無理。


「わ、分かったわよ。呼べばいいんでしょ。は、は、・・・」

「は?俺は辻宮"は"って名前だったか?」

「隼人!」

「・・・・くっくっくっ」


叫ぶように呼んだ。男の名前なんて簡単なもの。

なのに何でこんなに緊張したんだろう。顔がほてってる。

ちょっと何か反応しなさいよ。

何こいつ、急にお腹を押さえだしたと思ったら爆笑してる。


「・・・・お前ってほんとに面白いな」


笑い涙を拭いながらそう言った後、

俺がお前の私情を知ってるわけないだろ??ふざけんなー!!

やっぱりこいつ嫌い!!本性がこれだったらあたしがもたない。

絶対にすぐに追い出してやるんだから!!