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それからあたしは辻宮と一緒にいることが多くなった。

常にお経の話を聞いているだけだけど

それが苦痛じゃないのは不思議だけど嘘じゃない。

初めて辻宮のお経を聞いたとき

この人のお経ならお経も悪くないって思えたのは事実だから。


「よし、じゃあ今日は屋上でも行くか?」


辻宮がそう言う。一緒にご飯を食べるのも日常茶飯事。

でも付き合ってるとかじゃない。

だってあたし達はただお経の話という

まったく色気のない会話をしているんだから。

それでもなんかその瞬間が一番癒されてるって思えるんだけどね。

うん。とあたしが返事をしようとするとそれを止められる。


「未彩。話あんだけど」


声をかけてきたのはクラスメートの寺元央。

辻宮と話す前はけっこうよく一緒にいた。

まあ顔がいいからあたしも嫌じゃなかったし

中にはあたしと付き合ってるって勘違いしてる子もいるくらい。

でも辻宮を落とすって決めてからはすっかり遠ざかってたけど。


「あー・・・」

「いいじゃねえか。言ってこいよ。話なんていつだってできるんだしさ」

「じゃ、辻宮、未彩借りんな」


辻宮がそう言ったからあたしの有無も言わさず央は

あたしの腕を掴んで教室を出て行く。なんだろう。この気持ち。

すごく嫌だ。何?央に腕を掴まれてることが嫌になる。

今まではこんなこと思ったことないのに。

央はあたしの気持ちを無視して空き教室に連れ込む。

そして二人向かい合わせに座った。


「未彩。俺と付き合えよ」

「は?何言ってるのよ」

「いいじゃねえかよ。お前を横に連れて歩いたら絵になるし、
お前だって俺の彼女だったらまんざらでもねえだろ?」

「今は忙しいのよ」

「それって辻宮のこと?」


央に辻宮の名前を出されるだけでなぜか胸がドキッとした。

さっきからわからない感情があたしの中を行ったり来たりしてる。

あたしは央に見透かされないように視線を逸らす。


「辻宮?辻宮は関係ないわよ」

「その割りには最近一緒にいるじゃねえか」

「そ、それはあたしがお経に興味があるからよ」

「はあ?」

「そ、そうよ。お経に興味があるの。
だから辻宮がお経好きだからいろいろ教えてもらってるのよ」

「なーんだ。じゃあ別にいいじゃねえかよ。だって単なるオトモダチってことだろ」


央に言われて胸がチクリと痛んだ。何これ?

誰かがあたしのわら人形でも作って胸に針でも刺してるの?

そうよ。あたしと辻宮はただのお経トモダチ。

それなら別に央と付き合ったって何の問題もないじゃない。

央は悪いやつじゃないし、連れて歩いても全然問題ない。

お経ばっかの辻宮よりもずっとずっと話も合うし・・・。


「未彩?」

「え?」

「OKってことでいいだろ?」


いいわよね?央だもん。だって百戦錬磨だもん。

そう思った瞬間あいつの言葉がよぎった。

『たった一人に好きになってもらえたら、
本当に好きな人に好きになってもらえれば、
それで十分だと俺は思うけど』

好き?あたしは央を好きなの?央はあたしを好きなの?


「央はあたしのこと好きなの?」

「え?好き?んーまあ嫌いじゃないし、好きなんじゃね?」

「じゃあ何で付き合うの?」

「え?そりゃお前と付き合えば俺の株上がるし、いい女だしな」


こんなんで付き合っていいの?

あたしは央と付き合って幸せなの?ううん。幸せになんてなれない。

誰かが針であたしの胸を刺してたって央と付き合って幸せなわけない。


「無理ね。あたしはそんな安売りしないの」

「は?何言ってんだよ?お前、誰とでも付き合うんだろ?
百戦錬磨じゃねえのかよ」

「やめたのよ。そんなのつまらないじゃない。幸せでもないし」

「じゃあ辻宮のこともやめるんだな?」

「え?」

「お前が辻宮に近づいてるのは
百戦錬磨の名に恥じないように落とそうとしてるからだろ?」


今度は針一本じゃない。何本も、何本もあたしの胸に針が刺さる。

いい度胸してるじゃない。

でもあたしはこんなんじゃやられないんだから。

だって央の言ってることは間違ってないもの。

あたしが辻宮に近づいたのは・・・百戦錬磨の名に恥じないため・・・。


「な?そうだろ?」

「・・・・」

「どうしたんだよ?未彩。
お前は百戦錬磨って言って胸張ってればいいんだよ。
じゃ、俺と付き合うってことで」


央はあたしの唇に自分の唇を押し付けてきた。何も感じない。ただの行為。

胸には針が刺さって抜けないし、唇は気持ち悪い。

央が出て行った後もあたしはずっとそこを動けずにいた。

あれ?何これ?頬が冷たくて触れてみるとなんか冷たい感触がする。

泣いてるの?やだ、あたし何で泣いてるの?

央とキスしたくらいなんてことないでしょ。

あたしは百戦錬磨。央と付き合うのは当然の結論。

教室に戻る。もちろん普通に。

央はあたしのほうを見て笑顔だし、みんな変わらない。


「お前今から付き合え」

「え?」

「今日の修行やってねえだろ?」


席についたあたしに辻宮がそう言った。

何よ。今からお経なんて聞きたくないのよ。

そんな気分じゃないのと言うあたしを無視し、辻宮はあたしを連れ出す。

さっき央に掴まれたときはすごく嫌だったのに

今はなんだか痛いはずなのにそんなに嫌じゃない。

辻宮はあたしを屋上に連れてきた。


「で、今日は何のお経を教えてくれるの?」

「バカか。お前は。そんな目赤くして教室入ってきやがって」


え?誰も気付かなかったあたしの信号。

なんであんたは気付いちゃうの?もう嫌だ。辻宮、嫌いだよ。

辻宮はあたしの隣に座り、顔を見ないようにしてくれてる。

あたしはすべてがもうぐちゃぐちゃで泣いた。

わかんないよ。胸の針は消えないし、痛い。

誰か助けて。暴れたくなる気持ち。

でも少しあったかくなった。辻宮があたしの手をそっと握ってくれたから。