そうめんを食べ終わるとあたしは服を着替えた。

だってここは自分の家だし、こんな服でいても仕方ないもんね。

ってことで2階に上がりTシャツと半ズボンに着替えて階段を駆け下りた。

縁側で風鈴が鳴っててここまで聞こえてくる。

もう夏だもんね。ふと縁側を見ると辻宮が座ってた。

おじいはいないみたい。

お母さんに呼ばれて台所に行くと冷えてるスイカを切ってた。


「あんた、着替えたならこれ、隼人くんに持ってってくれる?」

「えー嫌」

「何言ってるの。早く持って行ってきて」


半ば強制的にあたしは二人分のスイカを縁側に持っていった。

辻宮はただ座ってるだけみたいだったけど一体何してるのかな?


「はい」


あたしは辻宮の隣に座りスイカを渡した。

あいつは「おう」とスイカにかぶりつく。

よく食べるなあと思いつつあたしも一かじりしてみる。

風が吹いた。今日はいつもより少し涼しく感じた。


「・・・隠してたの怒ってる?」

「いや」

「しょうがないじゃない。
百戦錬磨のあたしが寄りにもよって寺の娘なんて
恥ずかしくて言えるわけないじゃない」


そう言ってあたしはすいかをまた一かじりする。ずっと嫌だった。

寺の娘だってバカにされて葬式とかそんなんばっかやってるから

あいつは呪われてるみたいなことも言われたことあって。

あたしだって好きで寺の娘になったわけじゃない。

普通の家に生まれたかった。

だからせめて外見だけはそんなことを気付かれないようにしたかった。

おしゃれになってかっこいい男の子と付き合って。

こんな家さっさと出たかった。


「・・・なんで恥ずかしいんだ?」

「恥ずかしいわよ。だって寺よ!お寺!!お葬式とかやったりするのよ」

「・・・百戦錬磨ってほうが恥ずかしくないか?」

「どういうこと?」

「誰でもいいってことだろ。自分を安売りしてるみたいだし」

「何よそれ!何であんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」


辻宮の言葉にカチンと来てあたしは持ってたスイカを置いて立ち上がった。

何こいつ。何であんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ。

辻宮はあたしを相手にしないかのようにスイカを食べ続ける。

こんなやつもう嫌。落とすのも嫌になってきた。


「・・・本気で人を好きになったことある?」

「・・・どういうこと?」

「恋を売り物と勘違いしてないか?」

「してないわ」

「してなきゃそんなこと自分で誇りに思ったりなんてしねえよ」

「あんた何なの?さっきから聞いてれば好き勝手なこと言って。
あたしに何が言いたいのよ」


もう嫌。いい加減にしてよ。顔も見たくない。

あたしは一刻も早くここから立ち去ろうとそのまま自分の部屋に向かう。


「・・・お前は、何もわかってないな。
陰でお前がなんて言われてるか知ってるか?」

「・・・何よ?」

「スナック菓子みたいに軽い女。遊ぶには持ってこいってな」


何それ?こいつ何言ってるの?あたしが軽い女?

あたしはただ告白された人と付き合ってるだけなのよ?

百戦錬磨よ?遊ぶにはって・・・


「百戦錬磨っていい意味ばっかでもねえかもよ。
それにたった一人に好きになってもらえたら、
本当に好きな人に好きになってもらえれば、それで十分だと俺は思うけど」


むかつく。むかつくはずなのにあたしは立ち止まって辻宮の話を聞いていた。

あたしにはそれしか誇れるものがない。

だって何も持ってないんだもん。

颯太みたいにサッカー一筋とか風香みたいにピアノ一筋とかそんなのない。

あたしが誇れるものこそ百戦錬磨ってことだけだもん。


「・・・あたしにはそれしかないの。
百戦錬磨ってことしかあたしには誇れるものない」

「あるじゃねえか。そんな自分を安売りしなくても誇れるもの」

「なに?」

「家族。お前の家族最高だと思う。
俺、お前の家族に生まれたかったよ。
お前が何でそんなに寺を気にしてるのかしらねえけど
俺はここに生まれたかった」


辻宮が少し俯きながら言った。

あたしはわざと聞こえなかったことにして辻宮の隣にもう一度座りなおす。


「なんて言ったの?」


「お前の家族に生まれたかったって」

「なんで?お寺ってほんとに暗いし、お経だっていいイメージない。

死んだ人の供養とかってほんとに呪われてるって言われても仕方ないのよ」

「お経って魔法の言葉だって思わね?」

「魔法の言葉?」

「亡くなった人を天国に送ってあげるための魔法の言葉。
お経がなければその魂は成仏できないんだぜ。
それにお寺っていうのは魂を天国に送ってあげる通過点な感じもするしな。
俺はすごいって思う」

「辻宮・・・」


辻宮の言葉ってなんだか素直に聞いてしまう。

あたしの家族に生まれたかったなんて。

何言ってるんだろうって思ったけどそんな風に思ってもらえるって悪いことじゃない。

確かに辻宮はすごく家にも馴染んでるし、あたしよりもこの家の子供みたいだと思う。


「誇れるものは家族。それでいいだろ?
だからもう百戦錬磨とか言うなよな」

「・・・ねえ辻宮、お経聞かせてよ」

「え?」

「むかつくけどあんたの言葉説得力あった。
あたしはお経なんていいものなんて思えない。
でもあんたの言葉にはなんか少し頷けた。
あんたが何でそんなにお経にこだわるのかもわかんない。
だから教えてよ」


自分でもビックリするようなことを言ってる気がする。

だってあたしの誇れる百戦錬磨をあんなに侮辱したやつだもの。

でも、でもねあいつの言葉が凄く胸に響いた。

今まで言われたことのないことを言われて腹立ったりもしたけど、

でも自分の家族をこんなに褒めてくれたんだから悪いはずがないって思えた。


「ついてこれるか?」

「ついてこれるように指導してよね」

「ビシバシいくからな」

「いいわよ」

「じゃ、とりあえず少しだけ唱えてやるよ」


そういって唱え始めたお経。

風鈴の音をBGMに低めの辻宮の声が響き渡る。

意味とか言葉とかはわからないけど

今まで聞いたおじいやお父さんのお経よりも

なんだかとても聞きやすい感じがした。