10
あれからどれくらい経ったんだろう。あ、携帯もないんだった。
あたしはただの身代わりだったんだ。
こんなところにいたって辻宮は来てくれるはずなんてないのに。
ねえ。そんなに好きならどうして身代わりじゃなくて本物を手に入れなかったのよ。
かつんと靴の音がした。辻宮?
なんて振り向けば男が二人あたしを見下ろしてる。
「何してんの?」
「・・・別に」
「遊ぼうよ」
「・・・」
「なんだよシカトかよ。ちょっとお前こっちこいよ」
無理やり腕を引っ張られた。やめてよ。いたっ。
コンクリートで足をすりむいた。
叫びたいのに声が出ない。このままあたし連れていかれちゃうの?
「やめて!」
「うるせえよ。黙れ」
「いや、離してったら。つじ・・・隼人!!」
「そのへんにしとけば?」
「?!」
また別の人影が見える。
月明かりに照らされて見えたのはあのときと同じ表情をした辻宮。
「なんだお前?」
「・・・離せよ。痛い目みたくなかったら」
「かっこつけやがって!!」
そう言ってあたしを掴んでた男が辻宮に殴りにかかる。
それをいとも簡単に交わし、辻宮が反撃する。
殴る音が聞こえる。
もうやめて。それ以上やったらその人死んじゃう!!
あたしは気付いたら走り出していた。
辻宮の拳がまた殴ろうとしてたから。
「もうやめて!!それ以上やったらこの人死んじゃう」
「・・・・」
あたしが辻宮の拳を必死で止めると男達はすぐに逃げ出した。
どうやら激しく殴ったわりには急所を外して加減もしてたみたい。
でもまた辻宮があたしのために人を殴った。
手のひらには返り血がついていた。ねえ。もうやめてよ。
そんなことしないで。・・・誰かのために人を殴らないで。
「・・・何しに来たの?」
「探しに来たに決まってるだろ」
「せっかく遊びに行こうと思ったのに邪魔されちゃった。最悪だわ」
「・・・軽いふりして逃げるなよ。怯えてたくせに何言ってんだ。
俺の名前を叫んだくせに」
「き、気のせいじゃない」
「・・・もう今日は俺の家に入れ。師匠には連絡しとくから。
明日連れて行きたいとこもあるし」
あえて血を浴びていないほうの手であたしの手をぎゅっと握る。
あまりに力が強くて有無を言わさずに階段を上らされる。
さっき怪我したところが今になって痛くなってきた。
痛いよ。離してよ。お願いだから優しくなんてしないで。
「入れ」
「・・・・」
無理やり家に入れられてあたしはソファーに座らせられる。
辻宮は携帯を出して電話を始めた。
内容から聞くとあたしの家だろう。広く生活間のない家。
がらーんとしていて明かりもついてないのでさっきよりよく月明かりが感じられる。
辻宮は電話を終えると救急箱を持ってあたしの前に座った。
ひざまづくようにあたしの傷口を消毒し始める。
「怪我したのここだけか?」
「・・・うん」
「そっか」
「辻宮は?怪我してない?」
「俺は大丈夫だから心配すんな」
頭をぽんとたたきながらそう言って立ち上がり救急箱をしまう。
その辻宮の手にあたしは何度守られてきたんだろう。
もう身代わりだって何だっていいのかもしれない。
その手に守られていないとあたしはもう何もできないのよ。
「辻宮・・・」
「どうした?」
「もう何でもいいの。身代わりだって何だってかまわない。
あたしを見てくれなくてもいいわ。だからお願い。
・・・・傍にいて」
「・・・身代わりだなんて思ってない」
「え?」
「今日はそれだけ教えてやるよ。後は明日教えてやるから。
風呂沸かしてやるからそれ入ったらもう今日は寝ろよ。疲れただろ。
一日でいろいろあってさ」
「あたしは・・・」
「お前の気持ちは明日聞くから。明日全部話すから。
だから今日は言うこと聞いてくれ」
辻宮・・・。風呂沸かしてくると言って離れてく背中を見てあたしは泣きたくなった。
何も言わせてもらえないの?愛想つかされたのあたし?
あんたは一体何を話すつもり?
聞きたいことがいっぱいありすぎて頭がパンクしそうよ。
それでも聞けなかった。何も聞くなって言われているようで。
そのまま辻宮が沸かしてくれたお風呂に入り、
辻宮のお母さんの着替えを借りた。
ほとんどが新品で飾っているだけだったのですべて貸してもらった。
「ここ使えよ。親は帰ってこないし、ぐっすり寝れると思うから」
「・・・辻宮は?」
「俺は自分の部屋で寝るよ」
両親の寝室を綺麗に整えてあたしを促す。
今日は眠れそうにもない。
そう言うと俺もそうかもしれない。と返事が返ってきた。
ねえこんなときこそ隣で寝るべきでしょ。
お母さんやおじいにあたしを襲ったりしないって
同じ部屋で生活させてって頼んだくせに今日は違う部屋?
ほんとにわかんないわよ。あんたの考えてることが。
「ねえ、一つお願いしてもいい?」
「ああ」
「あたしが眠るまでお経を唱えて」
「は?」
「あんたのお経が聞きたいの」
「・・・しょうがねえな。でも・・・聞いたら寝ろよ。絶対に」
「わかった。でも手を握って耳元で唱えて」
「・・・わかった」
辻宮の親指が、人差し指が、中指が、薬指が、小指があたしの指の間に填められる。
二つの手が一つに重なった。
あたしの耳にゆっくりと辻宮の唇が近づく。
ふーっと息がかかるだけで体中が熱で犯されたように熱くなった。
「じゃいくからな」
それを合図にゆっくりと唱えられる彼のお経。
どうしてこの人のお経はこんなにも優しいんだろう。
心地よい夢の中にいざなわれるかのよう。
自然と眠りについていた。だからあたしは知らなかったの。
辻宮があたしが寝たあとにそっと言ってくれた一言に。
「俺はちゃんとお前を見てるから」
翌日、あたしが目を覚ますと辻宮はもう起きていた。
朝食までご丁寧に用意してくれていてあたしはそれを頂いた。
正直辻宮は料理がうまい。
あたしは何も出来ないけど辻宮は何でもできるのね。
「おいしい」
「よかった」
朝食を食べ終わり、準備を整えると辻宮が行くぞと言う。
どこに連れていかれるの。
そんな思いが駆け巡り足がすくんで動けない。
しょうがないとまた辻宮があたしの手を握る。
あんたの手がないとあたしはもう動くことすらできないのかもしれないね。
「・・・・」
「ここだよ。俺が連れてきたかった場所」
「・・・辻宮?」
「そう。俺はお前をここに連れてきたかったんだ」
あたしの目の前に見えるのはグレー色の石。そして海が見える。
名前が刻まれていてその名前に目を奪われる。
辻宮はその石にゆっくりと水を掛け、
お線香の香りが当たり一面を包み込んでる中、
手を合わせお経をゆっくりと唱え始めた。お墓。
彼があたしを連れてきたかった場所。
そしてその石には『辻宮未彩』と彫られていた。
お経をやめると辻宮は口を開いた。
「今からすべて話すから」
そう言って立ち上がり辻宮の手に引かれて
あたしたちは海のほうに歩いていった。
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