〜ありのままのあたし〜



「じゃ花穂ちゃん行こうか」

「はい。すごく楽しみにしてたんです」

仕事を終えて誘ってくれたひとみさんと会社を後にする。

あたしよりも5つ上で一番話しやすい。本当にこの人には感謝してる。

仕事だけじゃなくメイクなんかも教えてもらって頼りがいのあるお姉様。

もしあたしがこの人だったら和真は妹なんて言わないんだろうな。


「花穂ちゃん何飲む?」

「・・・お酒はあんまり分からなくって」

「じゃカシスオレンジにする?ジュースみたいで飲みやすいから。あたしもそれにするし」

「はい」


居酒屋に入り、メニュー片手にひとみさんが注文してくれる。

居酒屋なんて来たことがないから任せっぱなし。

せっせと働いてる店員さん。みんなあたしと同じくらいなのかな。


「花穂ちゃん居酒屋初めて?」

「・・・恥ずかしながら」

「そっか。うらやましいな。あたしも花穂ちゃんくらいに戻りたい」

「どうしてですか?あたしはひとみさんになりたいですよ」


お互いないものねだりだね。ってひとみさんが笑うとカシスオレンジが2つ運ばれてきた。

乾杯とグラスを合わせて口をつけてみる。甘い。本当にこれお酒?ジュースみたい。

いくらでも飲めそう。そう思ってまた口をつける。やばい。くせになりそう。

料理も運ばれてきて箸をつけるとどれもなかなかのお味。居酒屋ってバカにできないかも。


「ねえ花穂ちゃん」

「はい?」

「・・・かわいいね」

「え?」

「ほんとに可愛い。うらやましいわ。あたしも花穂ちゃんくらいに可愛かったら自信持つのにな」

「な、何言ってるんですか!ひとみさんのほうが綺麗だし、可愛いですよ」


カシスオレンジの量が半分くらいになるとひとみさんがそんなことを言い出した。

どうしたんだろう。さっきの冗談じゃなくて真剣に思えて仕方なかった。

あたしは料理の箸を止めた。


「なんかあったんですか?」

「・・・あたしね、告白されたの。7つも下の子に」

「7つってことは・・・17歳ですか?!」

「うん。そう。幼なじみの子。いつも常にあたしの後ろを歩いてた子でね。
知らない間に勝手に大人になっていってびっくりした。
もちろんそんな対象に思える年齢じゃないってわかってるの。
だけどね、あたし・・・彼のことが好きなの」

「・・・ひとみさん」

「7つも上のあたしなんてただのおばさんなのに。

それでも真剣にぶつけてくれた彼の気持ちに答えたい自分がいるの。

でもね・・・自信がないの。

あたしは彼よりも7つも上なんだし。

もしあたしが花穂ちゃんだったらすぐにでも答えてあげるのにな。

7つ上に比べたら3つ上なんて全然問題じゃないもんね」

「でも・・・」


あたしはそう言い掛けて言葉を濁した。2つ下でもただの妹にしか見られないんですよ。

そんなこと言ってしまえば7つ下なんて絶対に無理ですよ。そう言ってるのと同じだ。

ひとみさんは本当に綺麗。25になんて見えない。

そう言ってもきっと彼女はそんなことないよしか言わないだろう。

まるで正反対。あたしはひとみさんになりたくて彼女はあたしになりたいなんて。

だけどそれは絶対に無理。あたしはあたしでひとみさんはひとみさんなんだから。


「・・・でもその人は年齢とか関係なくひとみさんを好きになったんですよね。

もしひとみさんがあたしだったらその人はひとみさんを好きになったかどうかわからない」

「花穂ちゃん?」

「その人はひとみさんを好きになったんですよ。
今のありのままのひとみさんを好きになったんです。
だから年齢とかそんなの関係ないんですよ。そしてひとみさんもその人が好きなんでしょ?
年齢とか関係なくその人が好きなんでしょ?だったら何も悩むことなんてないですよ。

自分の気持ちに素直になってください」


自分で言った言葉がかなり突き刺さってきた。

年齢なんて関係なく・・・そう。あたしが言える言葉じゃない。

和真との年齢差を誰よりもずっと考えてきたのはあたし。

そんなあたしが言っても説得力もないもない。

だけど、言わずにいられなかった。

ひとみさんが本当にその人を好きな気持ちが伝わってきたから。

恥ずかしいことなんかじゃない。人に言えない関係でもない。

大丈夫。2人はただ真剣に好きでいるんだから。


「ね、ひとみさんは何も恥じることなんてない。
ただ少し早くその人より生まれてきただけなんです。
でもそれはその人と出会いたいがための気持ちが大きすぎてその人より早く生まれただけ。
だから全然問題ないんです」

「花穂ちゃん・・・ありがとう。そんな風に言ってもらえるなんて思わなかった。
誰かに言えばきっとバカにされるんだろうって思って言えなかったの」

「・・・あたしだってこう言ってますけど本当は人一倍年齢が気になってるんですけどね」


その言葉を合図にあたしは今度自分の話をひとみさんに話した。和真の話。

誰よりも和真の隣で歩きたいから大人になりたくて仕方がなかったこと。

妹だって言われてもずっと和真しか見えなかったこと。和真が・・・大好きだってこと。


「花穂ちゃん、じゃ次は年上のあたしから言えること。
妹だって言ったのは自分に言い聞かせるためじゃなかったのかな。
だってそうやって思わないと言わないと自分の気持ちに歯止めが利かなかったんじゃない?」

「・・・それって・・・」

「あたし、本当に弟だって思ってたら毎朝必ず時間合わせたりなんてしないけどな」


毎朝、和真に会う。それは今まで一度も変わらない日課。

和真が中学生になっても高校生になっても大学生になっても必ず毎朝顔を合わせる。

どうして?必ず時間が一緒になるなんて限らないのに。戸惑っていたらひとみさんが笑ってる。


「大人になることもいいけれどありのままの花穂ちゃんを見せればいいんじゃないかな」


ありのままのあたし。化粧やスーツを着て大人びたあたしじゃなくって

20歳のありのままのあたし。

カシスオレンジをぐいっと飲み干すとここはあたしが払っとくからと

ひとみさんが笑顔で背中を押してくれた。

あたしは何をしてたんだろう。和真に似合う大人の女になるために一生懸命頑張ってた。

慣れない化粧。スーツ。ヒール。そんなもの必要なかったんだ。

あたしはあたしでよかったんだ。

妹だって言う言葉をいつまでも引きずっていたのはあたし。そしてあたしはずっと逃げてたん
だ。

和真に嫌われるくらいならどこかで妹でもいいって。


「ただいま」


お母さんが何か言ってるのも聞こえないくらい夢中でヒールの音を鳴らしながら走ってきた。

転びそうになっても関係ない。スーツを脱ぎ捨て、化粧を取る。ガキのあたしが顔を見せた。

Tシャツとジーパンに着替えて急いで階段を下りる。

いつも履きなれたヒールじゃなくてスニーカーを履いてあたしは家を出た。

もう当たり前に行き来してる和真の家。

インターホンも鳴らさずに入っていく。

おばさんに和真は部屋にいると聞いて部屋の前まで行く。

大きく深呼吸をしてドアを開けた。


「やっと来たか」

「どういうこと?」

「俺さ、花穂はずっと俺の後をついてくるんだって思ってた。
だからさ高校卒業してすぐに就職したときほんとなんでだって思ったんだ。
俺よりも先に社会人になるなんてまったく予想もしてなかったからさ。・・・寂しかった。
自分の手元からいなくなるんじゃないかって。俺が何言っても聞く耳持たないし。
あげくには妹じゃないってきっぱり言われたんだからな」

「だってあたしは和真の妹じゃないもん。白木花穂っていう20歳の女なんだもん」

「そう。それが言いたかったんだよな。
妹って言われることがそんなに花穂を傷つけているなんて俺はわからなかった。
でも俺はそうやって花穂を手元に置いておきたかったんだ」


意味分かる?といわれて返事をしようとした瞬間もうあたしは和真の胸の中にいた。

もう何も言わなくてもわかる。

あたしが心のどこかで妹でいたいと思っていたように

和真はあたしを妹でもいいから手元に置きたかったんだ。

あたしたちは妹というつながりで繋がっていた。


「もう妹は嫌だよ。大人になるから彼女にして」

「もう妹としてなんて置かない。妹としてなんて見れないから。
それに無理に大人になんてならなくていい。
そのままの花穂でいいんだ。大人の女なんて本当は興味ない。
そうやって言わないと自制がきかなかっただけ」

「和真・・・好きだよ」

「俺も好きだ」


嬉しい。もう背伸びなんてしなくてもありのままのあたしをちゃんと和真は見てくれていたんだか
ら。

・・・でも一つだけ気になる。どうして和真あたしがここに来るって分かってたの?

あたしたちは体を離してベッドに腰を下ろした。


「そ、それは・・・」


なんと和真が内定をもらったのはあたしの会社だという。

しかもひとみさんとは大学が同じであたしの話をいろいろと聞いていたらしい。

今日とうとう妹すら切られたと和真がひとみさんに相談したところ

あたしを誘いだすことを考えてくれてたらしい。

さすがにこんなにコトがうまくいくとは思ってはみなかったらしいけど。

じゃあひとみさんが言ってた年下の彼も嘘?


「いやそれは本当。ひとみさんも悩んでたみたい」

「・・・よかった」


いやもしあれが嘘だったらあたしは恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだもん。

ちなみに朝、毎日一緒になってたのはお母さんがあたしが出たってことを

メールで知らせていたかららしい。家族も知っていたのか。

もしかして和真があたしを好きだってことを知らなかったのはあたしだけ?


「俺、花穂中毒だから気をつけてね」


そう言ってまたあたしを抱きしめる和真。なんか可愛い。あれ?あたし大人の女みたいだ。

和真が可愛いなんて思うんだもん。でもあえて離れてみたりなんかして。


「こらこら春からはあたしの後輩でしょ。しっかりやってちょうだいよ後輩くん」

「何をえらそうに。俺のが上だって」

「学生の分際で社会人に逆らわないの」

「・・・お前が言ったんだろう。最低大学までは出てないと自分の隣には必要ないって」


え?・・・あたし・・・そんなこと・・・言ったよ。言った。

確かあれは和真が進路で悩んでて進学にするか就職にするかって。

でお前はどう思うって言われたからあたしは大学出てない人は・・・嫌だって・・・

もしかしてだから和真は・・・進学したの?


「あたしの言葉で進学したの?」

「・・・うるせえよ。でも大学は楽しいし進学してよかったって思ってるけどな」


その言葉でぎゅっと和真に抱きついた。なんだあたしたちお互いの言葉で左右されてたんだ。

でもきっかけがそれでも今の自分に満足できてるんだから十分だよね。

もう和真の妹は卒業。今からは隣に並ぶかわいい彼女。