あたしはずっと大人になりたかった。 学生っていう肩書きから早く解放されたくて、 みんなに反対されながらも高校卒業と同時に企業に就職した。 18歳で社会人になったあたしは周りの友達よりも早く大人になったと思った。 誰も着ていないスーツに袖を通し、 カツンカツンとヒールの音をさせて歩くのが心地よかった。 いまや社会人2年目。バリバリに仕事だって頑張ってる。 それなのに・・・どうして認めてくれないの? ジリリリ。あたしは目覚ましを止める。 目をこすりながらベッドから立ち上がった。 すっぴんのあたしが鏡に写る。ガキ。 周囲のお姉さま方に比べたらまだ少女と言っても通じるような自分の顔。 うらやましいなって言われるたびに あたしはあなた方のほうがうらやましいですって心の中でいう。 こんな顔全然よくない。早く大人の顔になりたい。 自分の部屋から出て洗面台に行き、顔を洗った。 鏡にまた映る自分の顔。もういいかげんにして。 鏡をきっと睨むとキッチンに向かった。 「おはよう」 「おはよう」 「お母さんあたし今日また夜遅くなるから」 「じゃ、ご飯はいらないの?」 「んーまたメールする」 椅子に座りテーブルに用意されていた朝食に手を伸ばす。 あーおいしい。やっぱりご飯食べてるときが一番幸せだ。 ってそんなこと言ってるからいつまでもガキなのか。 でもこのときだけはガキでもいいや。 なんて思いながらあたしは テレビに映る女性アナウンサーの化粧をじっと見ていた。 「やっぱりナチュラルか」 自分の部屋に戻り、出勤の準備を済ませて鏡台に座る。 さっきのアナウンサーの化粧はやっぱりナチュラルだったな。 でもあたしがナチュラルメイクでスーツを着てたら就活だって思われそうで嫌。 学生がうらやましいとは思うけどあたしは 学生に間違えられたいわけじゃないもん。 やっぱりいつもの少し濃いメイクにしよっと。 あ、アイライン引きすぎた。 こんな風にあたしはいつも出勤の3時間前に起きて延々とメイクの練習をする。 もちろん片手にはメイク落としがかかせないんだけど。 だって仕方ない。 あたしは高校のときはお化粧したりしてなかったんだし。 そりゃ大人にはなりたかったけど 高校生は高校生らしくしなきゃって思ってたんだから。 「花穂。もう行かなくていいの?」 とりあえずなんとかメイクも決まった。 なんて思ってたら一階からお母さんの声がする。 もうそんな時間?変身した自分が鏡に映る。 さっきのあたしとは大違い。うん。ばっちり。 トントンと階段を下りてヒールを履く。 誰が見たってあたし23歳くらいには見えるよね。 「じゃ行ってきます」 お母さんにそう言って家を出る。同時に隣の家のドアも開いた。 目が合った。やば。また何か言われる。あたしはその目を逸らして歩き始めた。 後ろから足音が聞こえる。近づいてくるのがわかる。 足元にはスニーカーが写った。紐がほどけてるし。 「花穂」 「・・・おはよ」 「またそんな格好して、お前まだ20歳だろ。 20歳なら20歳らしい格好をしろって」 「うるさいな。いいでしょ。あたしは社会人なの」 その声の主は隣の家の幼なじみ宮本和真。22歳。大学4回生。 あたしより20cmは高い身長。 それなのにTシャツにジーパン、羽織シャツという普段着。 大学に行くのだからそんなにおしゃれしなくてもいいんだろうけどさ。 「和真はいいよね。大学でのほほんと授業受けていればいいんだしね。 内定も取ったんだし」 「まあな。そんなめいっぱい無理して大人になる必要もないからな」 ムカつく。いつだって自分のほうが上みたいな言い方して。学生のくせに。 一緒に歩きたくなんてない。 あたしはすいませんねと一言嫌味ったらしく言って少し前を歩く。 いつだって和真はそう。あたしが赤いランドセルを背負ってるときには もう黒い学ランを着てる。 あたしがセーラー服を着た1年後にはもうブレザーを着てる。 あたしよりもいつも一歩前を歩いてる。 だからあたしは早く就職して一人前の大人になりたかった。 和真よりも早く社会に出たかった。 「花穂。何でそんな言い方するんだ? 俺はそんな事を言ってるんじゃない。お前がなんで 俺よりも先に社会に出たのかがわからないって言ってるんだ」 「・・・何度も言ったでしょ。 あたしは早く大人になって社会に出たかったんだって。 もう20歳にもなった。立派な社会人になったの」 また説教?聞きたくないの。和真はいつもあたしを見るたびに説教をしてくる。 化粧が濃いだの。スカートが短いだの。年相応の格好をしろだの。 そんなの関係ないじゃない。 大人っぽい子なんていっぱいいるし、 そりゃあんたの大学の子たちよりは頑張ってるわよ。 適当に服なんて選んでない。いつだって大人に見えるような服ばかり選んでる。 制服があるからスーツじゃなくてもいいって言われたってあたしはスーツでいいの。 一番あたしが大人に感じられるから。 「花穂。なんで急に大人になりたかったんだ? いつだってお前は俺の後ろをついてきてたのにな」 「・・・上からもの言うのやめてよ。あたしはあんたの妹じゃない」 「・・・勝手にしろ」 あーまた怒らせちゃった。あたしを抜かしていく和真の姿が見える。 そうやっていつもあたしを追い越していくんだよね。 あたしを妹としてなんて見てほしくなかった。 最初はお兄ちゃんでもよかった。 でも和真は小学校に入るまでずっと同等でいてくれた。 中学に入ってどんどんあたしより前を行く和真が届かなくなりそうで怖かった。 「やっぱり大人の女がいいな」 大人がいいって言ったのは和真。だから精一杯大人になりたかった。 大人になれば和真の隣を歩けるって思ってた。 「和真の・・・バカ」 カチカチと音を立ててキーボードを打つ。あたしの仕事はパソコンでの事務処理。 正直何も知らないガキのあたしを雇ってくれたこの会社はすごいと思う。 大学卒ですらなかなか内定ももらえないこのご時勢に高卒のあたしを雇ってくれたんだから。 「花穂ちゃん」 「はい」 「今日空いてる?飲みにいかない?」 「え?いいんですか?」 「だってもう未成年じゃないし、あたし花穂ちゃんと飲みにいきたかったんだ」 初めてのお誘い。 今までは未成年だって言って連れて行ってもらえなかったのに念願叶った。 昼休みお母さんにメールした。 今日は初めて会社の人に飲みに連れてってもらいますと。 まあ最初から今日は遅くなることは覚悟してたけど。 だって今日は和真が家に来る日だから。 和真は弟の利季の家庭教師をしてる。 だから今日は家に来るってわかってた。 あたしは和真が家に来る日はどこかで時間をつぶして帰る。 和真に会いたくない。 家にいるとあたしは大人になれないから。 あたしはスーツを着ていない自分で和真には会いたくなかった。 「あ、この子は隣の家に住んでる白木花穂。妹みたいなもんかな」 幼なじみにも属さない。あたしはあんたの妹じゃない。 それなのに和真はいつも友達にあたしをそう紹介する。 あたしは兄なんていらない。 和真を兄とも思ってないのに。 一度スーツを着たあたしをまた和真は妹として紹介した。 するとその友達は「妹には見えないな」と言ってくれた。 和真も「確かに妹ではなくなったな。この格好をしてたら」って笑ってた。 だから絶対に私服で和真には会わない。 認めたんだから妹じゃないあたしを。 |