Because your voice wants to hear it
月が真上に来て、
公園の電灯にも明かりが灯り始めると
陽菜は少し落ち着きを取り戻した。
そして携帯を取り出して自ら清弥に連絡をした。
篤貴はこんな時間に彼女を一人にするわけにはいかないと
清弥が来るまでの間、そこにいた。
しかし、二人の間に会話はない。
行きかう人々が家路に向かう姿を見ているだけだった。
そして数分後、清弥が公園に到着すると
篤貴は清弥と入れ替わるように公園を後にした。
篤貴の座っていた場所に清弥が座る。
陽菜は顔を見ることができなかった。
「陽菜、心配したんだよ」
「・・・ごめん」
「今日本当は体調よくなかったって?どうしてそれならもっと早く言ってくれなかったんだよ。
そしたら俺、無理して連れて行ったりなんてしなかったよ」
「・・・ごめんなさい」
「いやいや俺も気付いてやれなくてごめん。落ち着いたなら帰ろうか。送るから」
そう言って陽菜の髪を撫でる。清弥の優しい言葉が痛い。
自分は嘘をついているのに
それを清弥は自分のせいにまで思っている。
彼はこんなにも自分を思ってくれているのに
どうして自分はそれに応えられないんだろう。
陽菜は胸の痛みを感じながら自分を責めた。
「清弥は悪くないの。あたしがちゃんと言えばよかったんだから」
「じゃ、今度からは言ってくれるといいな。そうしたら俺もわかるからさ」
「・・・うん」
また一つ清弥への嘘が増えた。
清弥に送ってもらって家に着くと陽菜はすぐに自分の部屋に閉じこもった。
ベッドに伏せると涙がまたこぼれる。
自分を好きだと思ってくれている人に
自分の気持ちを偽ることがこんなに苦しいものだとは思わなかった。
清弥と付き合うようになって陽菜は前以上に
自分の殻に閉じこもるようになっていた。
元々人付き合いはそんなに好きなほうではない。
授業に支障をきたすほど成績も悪くないので
学校にも気分しだいで行かないときもあった。
「明日・・・休むことにしよう」
泣きながらそんなことを呟くと携帯が光っていることに気付く。
パカっと開いてみるとメールが入っていた。
開くと清弥からのメールだった。
<もう大丈夫か?無理はしないで何でも話してくれればいいから。
それと篤貴と莉那ちゃんも心配してたぞ。
莉那ちゃんはともかく篤貴には礼を言ってたほうがいいと思うので
アドレスと番号載せておくから>
そのメールには篤貴のアドレスと番号が記載されていた。
飛び上がるように陽菜は起き上がりその文字を何度も見つめた。
携帯の液晶に写ってそこだけ色が変わっている。
そのままその文字のところを押せば篤貴に繋がる。
電話してみたい。話したい。声が聴きたい。
それでもほんの少しの勇気すら陽菜は出せず
その画面をじっと見つめることしかできなかった。
そっと画面に触れてみる。彼のアドレスを一つずつなぞった。
そのアドレスが女の子のアドレスのようで陽菜は少し笑顔を見せた。
「かわいい。自分でつけたのかな。このアドレス」
何度も何度も指でなぞっていると
そのまま番号のところで指を強く押してしまい、電話を掛けてしまった。
陽菜が慌てて切ろうとすると受話器から声が聞こえた。
「もしもし」
「・・・あ、あの・・・ま、槙原ですけど・・・」
「ああ。ちょっと待ってここ電波悪いから移動する」
「は、はい」
受話器から聞こえた篤貴の声は
直接聞くよりもずっと陽菜の心を捉えた。
最初はほんの少し声を聞いてすぐに切ろうとしたが
動揺してしまったので自分の名前を名乗ってしまった。
電波が悪いと言って移動するまで無言だった。
それでも電話の相手が篤貴というだけで
陽菜は胸の高鳴りを抑えることができない。
彼が話し出すとどんな会話をしようかと頭の中でずっと考えていた。
「あ、ごめんな。ちょっとうち電波悪いから外出てきた」
「う、ううん。こっちこそ今日はごめんなさい」
「でもビックリした。槙原さんがまさかいなくなるなんて思わなかったから」
「・・・莉那ちゃんにも謝っててね」
「ああ。でもほんとちゃんと言いたいことは言ったほうがいいと思うぜ。清弥は本当に
槙原さんのことが好きだと思うから。遠慮ばかりしてたらあいつ不安になると思うしさ」
「・・・うん。ありがとう」
「俺でよかったらほんといつでも相談乗るし、電話してこいよ」
篤貴は常にそう言ってくれる。
でもその優しさは決して好意ではない。あくまでも親友の彼女として。
それが変わることはない。
ただ瞳をあわせているだけでよかった。
それなのに話してみると言葉遣いは
そんなにいいとはいえないけど思いやりが強いこと。
誰よりも友達思いで優しいところがわかって
陽菜の気持ちは痛いくらい強くなっていった。
「・・・優しいんだね。それにすごく友達思いだし」
「俺?そうか?」
「うん・・・とっても優しいと思う」
「・・・ありがと。あ、悪い。そろそろ・・・」
彼女から電話があるから・・・。
陽菜は何も言わなくてもそれだけで次の言葉を察知した。
ごめんねと一言言って電話を切る。
篤貴の言葉は優しいけれどとても残酷だった。
電話を切っても耳に残っている彼の声。
今まではただ瞳をあわせているだけ
会話をすることももちろん電話なんて考えられなかった。
もしただ瞳をあわせているだけで終わっていたら
こんな思いをしなくてすんだのにと。
「・・・入るわよ。って陽菜どうしたのよ?」
携帯を握り締めながらベッドにもたれていると
陽菜の5歳離れた姉、章乃が入ってきた。
章乃はすぐに陽菜の涙に気がついたが陽菜は何の反応もしなかった。
まるで目が死んでいるかのように。
「どうしたの?何かあった?」
「・・・お姉ちゃん」
ぎゅっと章乃に抱きつく陽菜。
そしてそんな陽菜を章乃はぎゅっと抱きしめる。
陽菜の胸の中で陽菜は今日2度目の嗚咽を漏らしながら泣いた。
「・・・お姉ちゃん・・・片思いって辛いね」
章乃に抱きしめられながら陽菜はぼそっと呟く。
章乃は陽菜の頭を撫でながら口を開いた。
「陽菜・・・片思いしてるの?そうね。片思いなんてするもんじゃないわね。
辛いだけで何もいいことないもの。
でも片思いには片思いなりの幸せもあったりするんじゃないかな。
陽菜本当にその人が好きなのね」
「・・・うん」
「気持ちを伝えたりはしないの?」
「・・・できない。それは絶対に出来ないの」
陽菜は両腕で自分の涙を拭い、
章乃の胸から離れると自分の思いをすべて話した。
篤貴と瞳をあわせていたこと。
突然あわせてくれなくなったこと。清弥のこと。
篤貴には彼女がいること。
そして自分が今、篤貴を好きだということを。
「・・・陽菜・・・まずお姉ちゃん怒るよ。清弥くんの気持ちを何だと思ってるの?
人が人に気持ちを伝えるのはそんなに簡単なことじゃない。
一生懸命悩んで考えて、それでやっと勇気を出して伝えるもの。
それをそんな自分の逃げ道にしちゃいけない。清弥くんに失礼よ」
「・・・お姉ちゃん・・・」
「精一杯気持ちぶつけてくれた清弥くんに嘘を突き通すことはもうやめなさい。
気持ちに応えられないのなら別れたほうがいいわ」
怒られているはずなのに陽菜は嬉しかった。
誰かに止めてほしかった。でもこんなこと誰にも相談できない。
学校にいる友達は彼氏が出来ると途端に離れていってしまった。
彼氏といるほうがいいんでしょうと。
本当は最初から自分の居場所なんてなかった。
ただなんとなく一緒にいただけの存在でしかなかったのかもしれない。
だからこそ誰かに怒ってほしかった。
章乃はその気持ちを察してくれた。
もう陽菜の涙は枯れていた。章乃の次の言葉を聞くまでは。
「それと・・・その彼のことだけど・・・諦めたほうがいいわ。絶対に叶わない片思いよ」
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