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野球部に入らなかっただけかもしれない。
私は同じ学年を1組から10組まで手当たりしだい探した。
でもやっぱり卓ちゃんの名前はなかった。
あれから中嶋くんとは同じクラス、同じ県外受験、
さらには家も近いということで帰りも一緒に帰るくらいの仲になっていた。
そして今日も一緒に帰った。
「そういや中嶋くんって何で野球部入るのためらってたの?やっぱりきついって有名だから?」
「え?まぁそんなとこかな。お前は何でマネージャーになったんだよ?」
「そうなんだ。私はちょっと人を探してるの」
「人?人探しのためにマネージャーになったのか?」
「幼なじみの子がね中一のときに引っ越しちゃったんだけど、
海星高校で会おうって約束したんだよね。
でもその子はいなくて。でも私がマネージャーとして野球部にいたら
いつか会えるかもしれないなって思ったんだ。その子、すっごく野球が好きだったからさ。
でももしかしたら違う海星高校だったのかもしれないなって最近思ったりもしてるんだけどね」
「そう・・・なんだ」
中嶋くんはただそう言ったっきり何も言わなくなってしまった。沈黙が続く。
私の最寄駅に電車が止まる。
「じゃあね、中嶋くん」
「あ、ああ」
不自然な態度が気になったが私は電車を降り、改札を抜けて家路へ向かった。
でもそれから中嶋くんの態度はとてもよそよそしくなってきた。話しかけても相槌だけ。
最初のうちはそれでも一緒に帰っていたがそれもなくなっていき、
いつしか会話することもなくなった。そしてそのまま私は2年生になり、3年生になった。
私たちの学校は3年間クラス替えがない。
だからずっと中嶋くんと顔を合わせなくてはいけなかった。
部活でもクラスでも口を利かない中嶋くんと一緒なのはとても辛かった。
部活のほうはもしかしたら一年遅れて入ってくるかもしれない。
去年もそう思い、今年もそう信じてた。
でも今年の新入生にも卓ちゃんはいない。
もう諦めるべきなのだろうか。私はそんなことが頭をよぎるようになった。
「最近弘緒、何かしんどそうやね」
「ん?そんなことないよ」
私はもう精神的にも肉体的にもボロボロだった。
卓ちゃんには会えない。中嶋くんには避けられる。
あげく毎日の練習で休む暇もない。もう野球部をやめたい。そう思う日々が続いた。
「え?でもほんま顔色も悪いで大丈夫?って弘緒―」
私はどうやら倒れてしまったらしい。あおいの声も聞こえない。
あー私このままどうなるんだろう。
しかし、ただの貧血だったらしく30分もしない間に目が覚めた。
「あー弘緒!!気ついたん?もううちめっちゃ心配やってんで!!
せやここに中嶋が運んでくれたんやで!!後からお礼いうときや!!」
目の前にはあおいがいてあおいが私に抱きついてきた。
自分をここまでも心配してくれる友達がいて嬉しかった。
でもここまで中嶋くんが・・・運んでくれたなんて・・・。信じられない。
私は保健の先生にもう大丈夫だと言い、あおいと一緒に教室に戻った。
「あー神崎、大丈夫なん?」
「もうひろちゃん急に倒れるからかなり心配やってんで!!」
教室に戻るとみんなが私のそばに来てくれた。
中嶋くんは私のほうをちらっと見たけど私が中嶋くんのほうを見ると視線を逸らした。
でもあおいに言われたので私は中嶋くんに近づいた。
「中嶋くん、ありがとう」
「あ、ああ、もう大丈夫か?」
「うん。あ、それでねちょっと話したいことあるの」
私はもう夢中だった。彼の手を掴んで走る。人のいないところにひたすら。
「おい、ちょ、ちょっと、神崎」
「・・・・」
「神崎」
誰もいない教室を探し当てて私は中嶋くんと一緒に中に入った。
「な、何だよ急に走り出して」
「中嶋くん、卓ちゃんのこと何か知ってるでしょ?」
「知らねえよ」
「嘘!知ってるんでしょ?でなきゃ急に話さなくなったりしないよね?
お願い!!教えて。卓ちゃんは今どこにいるの?」
私はうっすら目に涙を浮かべて彼に訴えた。知ってるはず。知らないはずがない。
中嶋くんは黙っていた。でもしばらく考えるとゆっくりと口を開いた。
「・・・あいつは、今、病院だよ」
「病院?」
「俺はあいつに頼まれてここに来たんだ」
「ど、どういうこと?」
やっぱり中嶋くんは卓ちゃんのこと知ってたんだ。でも頼まれてって?
中嶋くんはすべて話すよといって椅子に座った。私も同じように椅子に座る。
「俺とあいつは同中でエースとキャッチャーの仲だったんだ。
俺はあいつのこと親友だって思ってたし、 あいつも俺のこと親友だって思ってくれてた」
「中嶋くん・・・千葉から来たって言ってたよね?卓ちゃんは千葉に引っ越したの?」
「うん。最初転校してきたときはいきなりエースかよってムカついたりしたけど、
やっぱあいつはすごかった。お前のことも聞いてたよ。
『3年生になったら一緒に海星高校行こうって告げたい子がいる』って」
「そう・・・だったんだ」
「しかし、バカだよな。海星高校だけ言ってちゃんと伝わるわけないのに。
でもそう言ったらあいつなんて言ったと思う?『あいつなら絶対探し当てるよ』
って言ったんだぜ」
卓ちゃん。私の涙はどんどんと溢れてきた。ちゃんと私、探し当ててきたよ。
それなのにどうして卓ちゃんはいないの?中嶋くんは一度大きく息を吸った。そして・・・
「・・・卓はさここに行くためにすっごい勉強してたよ。お前が絶対に来るって。
でも・・・あいつ夏休みに入院したんだ。軽いものかと思ったら肺に陰が見つかった。
あいつはもう自分ではここには来れないことを悟って俺に言ってきた。
『俺の代わりに海星高校に入学して神崎弘緒のことを頼む』って」
私は彼の言葉の一つ一つが信じられなかった。何を言ってるのか分からない。
そんなのまるで、まるで・・・もう私には会えないみたいな・・・
「俺は正直悩んだ。地元の高校行くつもりだったし、その子がちゃんと兵庫県の海星高校
だって分かるかどうかもわかんなかったし、それに俺は卓じゃないから卓の代わりなんて
無理だって。でもな・・・あいつが信じたもの俺も信じてみたかった。だから賭けてみた。
でも驚いたよ。本当にお前がここに入学してて、しかも野球部のマネージャー
やってたんだからな」
「・・・私、卓ちゃんを信じてたから」
「俺がずっと部活に行かなかったのはお前に会ってどういう風に伝えたらいいのか
わからなかったからでも、俺も野球好きだから俺の意思でやっぱり入部することにした。
神崎・・・泣くなよ。俺はお前にもう一つ伝えなきゃいけないことがあるんだ・・・」
私の涙は机の上にたくさん落ちる。
中嶋くんはそっとハンカチを渡してくれるけどそれすらも受け取れない。
彼はハンカチをぎゅっと私の手に握らせた。
「俺、ずっと卓のこと黙ってるつもりだった。
お前が必死にあいつを待ってるの見てるだけですげえ辛かったから。
でも・・・言わなきゃもっと後悔する気がした。・・・神崎、卓はもう長くない」
彼の言葉に私ははっとなり彼を見た。視線を落とし、目には一雫の涙。
中嶋くんは涙をこすり、口にする。
「あいつ、いつ死ぬかわからないんだ。
姿は見れないけどお前の近くにいたいって今こっちの病院に入院してる。すげえ辛いと思う。
お前はどうしたい?あいつに会いたい?」
「いたい。会いたい。お願い中嶋くん。会わせてください」
私は泣き顔のままそう精一杯強く伝える。彼はわかったとゆっくり頷いた。
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