今日は日曜日。部活を無理やり休んで私は中嶋くんに病院に連れて行ってもらう。

駅のホームで待ち合わせ。中嶋くんの乗った電車が着く。

私は外から彼の姿を確認すると電車に乗り込んだ。中嶋くんは黙っていた。

私もおはようとしか言葉を発さない。電車に乗り換えて揺られること1時間半。

小さな駅にたどりついた。そこからバスで30分。そして、大きな白い病院に着いた。

東雲総合病院と書いてある。


「ここに卓ちゃんがいるの?」

「・・・うん」


僅かな会話を交わして私たちは病院の中に入る。白い建物がまぶしい。

私はただ先導する中嶋くんの後をついていくことしか出来なかった。

そして中嶋くんは立ち止まる。そこには"朝倉卓大"と書かれた名前が張られていた。

中嶋くんが扉を開ける。私は恐る恐る中に入った。


「弘緒?」


ベッドの上に横たわる一人の少年。やせ細り、姿は変わってしまったけれど

4年ぶりに会う彼は紛れもなく私の幼なじみの朝倉卓大。

ごくっと息を飲んで彼をじっと見る。

中嶋くんは私の肩をぽんとたたいて外で待ってると一言残して部屋を出た。
  

「卓ちゃん・・・」


私は一歩ずつゆっくりゆっくり近づく。彼の手が届く距離まで。

そしてその今にも細く折れそうな手にそっと触れた。

私の手が熱すぎるのかな。卓ちゃんの手、とっても冷たかった。

力を入れないようにぎゅっと握ると彼が笑った。


「・・・弘緒綺麗になったな。もっと顔見せてよ」


手を握りながらそっと彼の顔まで近づく。卓ちゃんは片方の手で私の頬に触れた。冷たい。

でもそれは卓ちゃんの手の冷たさじゃなくて私の涙。卓ちゃんはその涙をそっと拭ってくれた。


「・・・卓ちゃんもかっこよくなったよ」

「本当はもっとかっこよくなるはずだったんだけどな」

「十分すぎるくらいかっこいいよ。本当にすごくかっこいい」

「そうか?そうかもな」


卓ちゃんが笑ってる。私がずっと見たかった笑顔。

キャッチボールしてうまく取れたときに褒めてくれたあの笑顔。


「・・・約束守れなくてごめんな」

「ううん。こうやって卓ちゃんに会えたんだもん。そんなの気にしてないよ」

「嬉しかった。覚えててくれて。それに探し出してくれて」

「当たり前だよ。だって私すごく卓ちゃんに会いたかったんだよ。それなのに、卓ちゃん
引越し先も教えてくれないし、海星高校っていうだけだったもん。私必死で頑張ったんだよ」

「アハハ。なんかその方が会えたときすごい運命かなって思える気がしたんだよ。
でも、こんなことならもっと早くお前に会えばよかったな」


卓ちゃんの言葉に私の視界は涙でいっぱいになる。

泣くなよってまたそっと拭ってくれたけどいっぱいいっぱい出てきて止まらない。


「泣くなよ。お前は笑ってるほうがいいよ」

「だって、だって・・・」

「弘緒・・・外見てみろよ。窓の外。青い空が見えるだろ?俺は昔から青色が好きだったよな。
あの青い空はもうすぐ俺のものになるんだ。いや俺があの空になる」

「やだ。嫌だ。そんなこと言わないで」

「聞いて。俺はあの青い空になる。そしてずっとずっと弘緒のそばにいられるんだ。
もう転校したりもしないし。いなくなったりもしない。雨の日や曇りの日は俺が寝てるとき
だって思ってくれればいい」

「やだよ。卓ちゃんここにいるじゃない。今、私のそばにいるじゃない」

「・・・俺はお前のそばにずっといたいんだ。今だけじゃなくて永遠に。それが叶うんだから
何にも怖くない。幸せだよ。俺に会いたくなったら空を見るんだぞ。俺はいつでもお前のそばに
いるからな」


私はその言葉に頷くことしかできなかった。卓ちゃんの眩しい笑顔がそうさせる。        
  

よしっと私の頭を軽く撫でる卓ちゃん。そしてその手を止めた。


「そろそろ面会時間も終わりだな」

「・・・そっか。ね、卓ちゃん、また来てもいい?」

「・・・言っただろ?俺に会いたいときは空を見ろって」

「・・・もう来ちゃだめ?」

「・・・うん。もう来ないでほしい。これからの俺はどんどん変わっていく。
そんな姿見られたくない。それよりももっと綺麗な俺になるからその時に会おう」


涙は止まらないけど私は卓ちゃんの意志を尊重することにした。

本当はもっと会いたい。会いたい。会いたくて仕方がない。でも・・・もう会わない。会わないよ。

私は彼の手をそっと離した。


「じゃ私、そろそろ行くね」

「弘緒・・・」

「ん?」

「・・・起こしてくれる?」

 
卓ちゃんはゆっくりと体を起こし、立ち上がろうとした。私が左手を差し出すとそっと握る。

スリッパに足を入れて、立ち上がり私をそっと抱きしめる。力は感じない。

でもぬくもりは感じる。

心臓の音が聞こえた。でも私は腕を回すことができなかった。


「弘緒、俺を抱きしめて・・・」

「でも・・」

「弘緒に抱きしめてもらいたいんだ。空になる前の俺を」



私はそっと卓ちゃんの背中に腕を回す。そっとそっと。触れるように抱きしめる。

卓ちゃんの涙が私の肩に落ちた。



「弘緒、ありがとう」

「卓ちゃん・・・ありがとう」


私は卓ちゃんと最初で最後の再会を果たした。

もう二度と会うことはできない。そっと体を離す。これで本当に最後。本当に・・・最後。


「卓ちゃん・・・大好きだよ」


彼の返事はない。でも私に向けて彼は最後精一杯の笑顔を振り絞ってくれた。

扉を閉めたらもう彼の姿は見えない。

ただ細くても一生懸命抱きしめてくれた彼のぬくもりだけが私の体の中に

残っているだけだった。

私はただそこで泣き喚いた。そんな私の肩に触れたのは大きな掌の持ち主だった。