新神戸の駅に着いた。私はここで降りる。少し高校とは離れていた。

電車で揺られること10分。駅に着く。そこから徒歩10分、

小さいながら立派なマンション。私は一目見てここが気に入った。

南を見れば海が、北を見れば山がある。見晴らしに惚れた

部屋の中は数回来て物を運んだり、大家さんに見てもらい盗難もなかったので

すぐ暮らせるようになっていた。

中に入って持ってきた荷物を置くと突然不安になる。本当に卓ちゃんはいるのだろうか。

本当にこんな気持ちで高校を選んでよかったのだろうか。

そんなことを考えていると私は長旅の疲れかそのまま寝入ってしまった。


時間が過ぎるのは早い。今日は入学式。

真新しい制服に身を包み、もしかしたら卓ちゃんに会えるかもしれない。

たった一つの希望を胸に抱いて私は家を後にした。

駅までは退屈しないよう買ったばかりのMDを耳につけて好きな音楽を聴きながら歩く。

駅に着くと定期を改札にかざし、電車に乗り込む。

私は座らずにドアに立って景色を眺める。MDを聴いていても人の声が耳に入ってきた。


「なぁ、あの子新入生ちゃう?」

「あ、ほんまや。制服とかめっちゃきっちりしとうもんな」

「うちらも去年はそうやって見られてたんかな」

「そうやで。ほんま早いなぁ」


聞きなれない言葉、見慣れない土地。全てが新鮮だった。

そして、電車に揺られて数十分、同じ制服を着た人がぞろぞろと電車を降りた。

私もつられるように降りる。みんな母親がきている。

一人ぽつんと歩いているのは私だけのような気がした。

でも、そんなことはあんまり気にしちゃいけない。

母親に迷惑をかけるわけにはいかないと私が自分から拒否したのだから。


「なぁ、あんたどっから来たん?」


新入生が体育館に集められ、私は言われた席に座った。1年4組。

すると隣にいた子が話しかけてきた。これがあおいとの初対面だった。


「え?あ、県外から来たんです。私」

「へぇそうなんや。うちは大阪。ここの制服めっちゃ可愛くない?
うち、制服見てここにしようって決めたんよ。かなり勉強頑張ったわ。
あ、うちは歳宮あおいっていうねん。よろしく」

「あ、私は神崎弘緒です。よろしく」



歳宮あおい。彼女はこの高校で初めて出来た友達だった。

私は元気っ子あおいのおかげで人見知りながらもたくさん友達を作ることが出来た。

そして学校には何とか慣れてきたある日、部活紹介があった。

新入生は体育館に集められていろんな部活が一つずつ紹介されていく。


「なぁ弘緒はなんか部活入るん?」


私は未だ卓ちゃんには会えなかった。やっぱりこの高校じゃなかったのかな。

一抹の不安も度々あったが自分の努力を水の泡にはしたくなかった。


「んー私、野球部のマネージャーやりたいなって思って」

「野球部のマネージャー?」

「うん。探してる人がいるんだ」


私は先生の目を気にしながらこの海星高校に来た理由をあおいに話した。


「マジで?すごいやんそれ!」

「でも実際会えてないし、違う高校かもしれないし」

「いや、絶対そんなんすごいって!会えたらもうほんま運命やな」

「会えたらいいんだけどね」

「うち応援するで!!がんばりな!!」


あおいが応援してくれて、少し気持ちが楽になった。

そして、この気持ちのまま野球部にマネージャー依頼を提出しに行った。


「ほんまにうちの野球部は厳しいよ。ミーハーな子が何人か見学に来たんやけど、
みんな逃げてしもたくらいやし。中途半端やったらやめたほうがええで」

「どんな仕事でもやります。だからお願いします」

「んーまあそんな言うんやったらええよ。せやけど途中でやめたりせんといてな」


最初は渋っていた先輩も私の熱意にOKを出してくれた。

野球部のマネージャーになれば卓ちゃんに会えるかもしれない。そのためなら何だってやる。

1年生の入部者は40人といたって多い。

しかし、最後まで続ける人はほんのわずからしい。


数日後、私はマネージャーとして正式に野球部に配属になった。

今日は野球部の人の前で挨拶をする。挨拶よりも私は卓ちゃんを捜した。

でもそこに卓ちゃんはいなかった。もう卓ちゃんはここにいないのかもしれない。


「えーいてへんかったん?」


私はその日家に帰ってすぐあおいに電話をかけた。

誰かに話を聞いてもらいたくて仕方なかった。あおいは私の話に真剣に耳を傾けてくれた。


「・・・うん」

「でも、今日は全員来てたわけじゃないんやろ?そしたらまだ望みあるかもしれんやん」

「うん。今日は全員じゃなかったけどでももういないのかも」

「せっかくその人に会うために来たのに諦めたらあかんって!まだわからんやん!!
そや今度たこ焼きのおいしい店に連れてったるわ」


あおいはそうやって私を慰めてくれる。それがすごく嬉しかった。

でも、いつになっても卓ちゃんは野球部には現われない。本入部終了まであと3日。

私は卓ちゃんがいるはずの高校生活が来ることを祈るしかなかった。


「弘緒ちゃん、これで今年の野球部のメンバー揃ったね。
いっぱいいるけどしっかり顔と名前覚えてな」

「・・・はい」

「あ、でもまだ一回も挨拶に来てへん子がいたらしいんよ。
なんや最後まで入部するか悩んでたらしいんやけど、結局入る事にしたんやて。
その子が今年の最後の部員やね」

           
もしかしたら卓ちゃんかもしれない。

私は高鳴る胸を押さえつつグランドで仕事をしながら彼を待つ。

足音が聞こえる。私は思わず俯いてしまった。そしてその足音が止まる。

私が恐る恐る顔を上げると・・・彼はかぶっていた帽子を脱ぐ。


「はじめまして、中嶋宏伸です」


卓ちゃんじゃなかった。でも彼は卓ちゃんをよく知る人物だった。