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赤い花を無数に散らした後、隼人はそっとあたしの服を直した。
何もいわずに外したボタンを留めていく。
そしてボタンを留め終わるとベッドから降りて部屋の端に座り込む。


「隼人?」


正直、このままの流れを続けると思っていたあたしは戸惑った。身体がほてっているのが
とても分かる。それなのに隼人は座り込んで膝を抱えてうずくまっている。声をかけても返事が
ない。あたしはそっと起き上がり隼人のところに近づこうとしてベッドから足を下ろしかけた。


「・・・これ以上はもうしない。こんなふうに今まで大事にしてきたものを壊すつもりはないから」


本当に聞こえるか聞こえないかの声で隼人が呟いた。泣いてるの?あたしはたまらなくなり
隼人に駆け寄る。あたしのやったことは間違ってた?
隼人のためにはあたしから離れるのが一番だって思ったの。

だってあたしに出来ることはそれだけしかないでしょ。
隼人の負担になんてなりたくない。そう思ったから・・・。


「隼人」


彼の体を力いっぱい抱きしめた。震えているのが伝わってくる。
・・・違う。違ったのよ。だってあたしが逆の立場だったら隼人以上に行動を起こしていたに
違いない。だって隼人のいないあたしなんてあたしじゃない。


「・・・どうすればいい?お前はどうやったら俺の元から離れずにいてくれるんだ?」


そうだった。もう隼人にはあたししかいない。わかっていたはず。それなのにあたしは一番
ひどいことを隼人に言ってしまった。


「・・・俺はそんなに頼りない?お前一人もろくに守れないのか?」
「え?」
「・・・俺は守ってほしかったわけじゃない。頼ってほしかった。話してほしかった」
「隼人?もしかして・・・知ってたの?」


隼人はその問いかけには答えず腕を回し、力いっぱいあたしを抱きしめた。


「・・・離れることが最善と思うのは岩瀬未彩の一人の意見だと思う。
でも俺と未彩、二人の意見なら・・・それは一番最悪の方法じゃないか。
お前は・・・誰と恋愛しているんだ?・・・俺はお前と恋愛してる。
だから一人じゃなくて話し合う場を設けてほしかった」


誰と恋をしてる?そんなこと考えたことなんてなかった。でもそれがあたしには欠けていたの
かもしれない。だって以前のあたしならできたもの。隼人が央を殴って一人で責任を持とうと
したときに言えたもの。


「辻宮隼人!!待ちなさいよ!あんたあたしにいっぱいいろいろ言ったあげく
さっさと去るつもり?まだお経だって教えてもらわなきゃいけないし、
もっとあんたには聞きたいことがいっぱいあるのよ。
そのまま去るなんて絶対に許さない!
あんた今日からあたしの寺で修行しなさい!!」


どうやらあたしは隼人に恋をして臆病になったみたい。嫌われたくないから負担になりたくない
から自分の本当の気持ちを閉じ込めていたのよね。隼人はちゃんとあたしと恋愛しようとして
くれていたのに・・・。恋は一人でできるけど恋愛は相手がいないと出来ないのよね。


「あたし、隼人のそばにいてもいい?」
「当たり前だ。離すわけないだろ」
「・・・ねえお経唱えてもいい?」


隼人の唱えるお経が聞きたい。央にキスされたとき隼人が唱えてくれたお経。そして
未彩(みさ)ちゃんのことを聞く前に唱えてくれたお経。隼人はいつもお経を唱えてあたしの
不安を取り払ってくれた。だからあたしが次は隼人の不安をお経で取り払ってあげる。

あたしは隼人に回した腕を離し、一度咳払いをする。すると隼人はあたしの手を取った。


「お経?未彩お経唱えられるのか?」
「ううん。でもあたしは隼人にお経を唱えてあげたいの。あたしの不安をいつも取り払ってくれた
お経を唱えてあげたいの。・・・つたないお経だと思うけど・・・」
「・・・お経は俺が唱えてやる。いつだって。だからお前は・・・俺の不安を取り除くために・・・
言って『愛してる』って」


あたしは『愛してる』って言葉を口に出すのが恥ずかしくて、一度も口にしたことはない。
まあ確かに今までそんな風に思えるような相手に出会ったわけじゃないっていうのもあるけど。

『愛してる』って好きとどう違うんだろう。違う。『愛してる』はきっと好きってことの延長なのよ。
そしてその言葉は100の不安を取り除く威力もある。恥ずかしい。でも今の隼人の不安を
取り除けるたった一つの方法。そしてそれが今、あたしが隼人のためにできること。


「あ、あたしね。その言葉今まで一度も口にしたことがないんだけど・・・でもあたしの本当の
気持ち。隼人のことを愛してるわ」


頬が熱くなる。赤くなっていくのがわかる。ねえ隼人、あたしがこの言葉を口にするのは隼人
だけよ。だからだから不安になんてならないで。あなたから離れようとしてごめんね。
でも隼人が望んでくれるのならあたしはもうどんなことがあっても隼人から離れたりはしない。


「未彩・・・俺も愛してる。なんて俺のガラじゃないけど。でもどうしようもないくらいにお前しか
見えない。だからだから俺だけを見て、そして俺を信じろ。
お前を不幸になんて絶対にさせないし命かけても守るから・・・なんか恥ずかしいな。さすがに」


そうやって顔を赤くする隼人。ずるいわよ。そんな騎士気取りなこと言うなんて。
これがあたしじゃなかったら鼻血出して卒倒してるわよ。あたしだからそんなことはないけど
ね。でも嬉しすぎて瞳から雫がこぼれてきちゃった。まだ問題は解決したわけじゃない。
でもあたしはもうあんな男の言いなりになんてならないわ。


「・・・隼人。あたし隼人の一番よね?」
「当たり前に決まってるだろ。俺はお前しかいらない」
「・・・ねぇ、もっと花びらを散らしてほしいっていったら軽蔑する?もっともっと深い絆が
ほしいの。もっともっとシルシがほしい。だから・・・」
「・・・いいのか?」
「うん」




こんなに身体が熱いなんて知らない。
花びらは身体中に散らされてあたしも隼人の背中に無数のシルシを残した。
隼人のぬくもりが身体中に感じられて熱くて熱くて・・・
何も感じられないくらいにあたしは隼人に翻弄されていった。