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あたしは今日、幸せな一日を過ごすはずだった。大好きな人と一緒に過ごす初デート。
それがたった一人の人間に出会ってしまったがために苦しくて辛い一日になってしまった。
「・・・岩瀬未彩さん?」
お寺を出てすぐに会ったのは隼人よりも少し背が高く目つきの悪い
ダボダボした服装をした男だった。誰だろう。
あたしにはこんなダボ系の服装をする友達もいない。隼人の友達かしら。
そう考えているとその男は口を開いた。
「・・・辻宮隼人の彼女ですよね?
俺、あの人に昔ボコられてあやうく死に至る寸前だったもんです。話聞いてますよね?」
冷たく野太い声であたしをじっと見てそう言った。
血の気が引く。あたしはその言葉を初めて実感した気がした。
未彩(みさ)ちゃんを・・・殺した男。あたしはその男をじっと睨んだ。
するとその子はあたしを見てふっと笑った。
「その顔なら知ってるってことですね。なら話は早い。即刻辻宮隼人と別れてください」
「な、なんですって?どうしてあたしが隼人と別れなくちゃいけないの?
それにあなた・・・未彩(みさ)ちゃんを・・・」
「俺は彼女が好きだっただけですよ。それよりあいつは近親相姦でしょ。
片思いだったかもしれないけど。でも気持ち悪いったらないですよね。
今ではあなたと付き合っているみたいだけど、どうせそれも未彩(みさ)の身代わりでしょ」
「・・・違う。あたしはちゃんと隼人に愛されてるわ。身代わりなんかじゃない。
それに気持ち悪いなんて言わないで。隼人を侮辱したらあたしが許さないわよ」
「・・・随分とあの男に惚れているんですね。
・・・でもたとえ今、あなたとあの男が付き合っていたとしても・・・
実の妹を愛していた事実は変わらない。それに俺を半殺しにし逮捕されたことも変わらない。
その事実はあの男の父親によってもみ消しにされましたけど。
でも今、その事実が学校にでもバレると確実に退学でしょうね」
「・・・まさか言うつもりなの?」
「俺はあの男が幸せになるのが許せないだけですよ。
あなたが別れるのなら退学くらいは見逃してあげてもいいですけどね」
にやにやと不敵な笑みを浮かべてあたしを見据えるこの男。
あたしがもし隼人と別れなければ確実に学校に事実を話すに決まってる。
そうすれば隼人はもう学校にはいられない。
あたしが隼人のために出来ることは・・・別れること。
「・・・あたしが別れたらもう隼人に危害は加えないって約束する?隼人の前に現れないって
約束する?」
「もちろん約束しますよ。・・・もう一つ条件を呑んでくれれば・・・」
・・・隼人に別れを告げてあたしは走り去った。
隼人は何のことか分かっていないかもしれない。でもそれでいいのかも。
今すぐに状況を理解されてすぐにあの時腕でも掴まれてしまえば
いきなり振り解くことなんて出来なかったかもしれないもの。
あたし自分が思っていた以上に隼人のこと好きなのかもしれない。
だから彼が苦しい状況に置かれるのなんて嫌なのよ。
だからあたしが隼人と離れることで彼が今のままいられるなら
あたしは絶対に自分を犠牲にするわ。
「・・・隼人・・・ごめんね」
今だけは今だけは辻宮隼人に恋する一人の少女でいさせて。
ここでいっぱい泣いて帰るから。家に帰ったらもう泣かない。
またここに来てしまったんだ。隼人の家。
あの時は隼人が来てくれて嬉しかった。だけど今は来ないでほしい。
来てもあたしはもうその腕の中には飛び込めないから。
人目もはばからずそこで泣きじゃくるとあたしは仮面をかぶった。
隼人を好きじゃない偽りの仮面を。
その日、あたしは部屋に閉じこもった。
隼人が何度扉をたたいても電話を鳴らしてもメールを送ってきても一切それを無視した。
明日になればあたしは学校中で公表しなければならない。
「もう一つ条件を呑んでくれれば・・・央と付き合うということを学校中で公表してくれればね」
あの男は央のいとこだといった。
もちろん央が隼人につっかかるのはいとこがボロボロにされたからだという理由。
どこまで隼人と因縁なのかしらね。でもあたしが隼人を救うのよ。
あんな男達に好きなようになんてさせない。
たとえ隼人を失ったってあたしが隼人をあたしなりの方法で絶対に守るんだから。
「未彩・・・」
「あら何してるの?人の部屋の前でネチネチと。もうあたしたちは別れたんだから」
「・・・俺は納得してない。あんな言い方。しかも急に。誰かに何か言われたのか?」
みんなが寝静まったころにこそっと部屋を出てお風呂に入って
ベッドの中でまたたくさん泣いた次の日の朝、隼人はあたしの部屋の前にいた。
あたしは仮面をかぶったんだからもう今から言うことはすべて嘘なの。
お願い。隼人あたしの言うことを信じないで。
「・・・やっぱりあたしは百戦錬磨のほうが合ってるのよ。言ったでしょ。
最初、隼人に近づいたのも百戦錬磨のためだって。昨日でその期限は切れたのよ。
もうあたしに構わないで。次のターゲットがもういるから」
「・・・未彩、本気で言ってるのか?」
目を合わせないであたしは口走った。我ながら冷たい言葉。嫌われて当然の言葉ね。
隼人は信じられないような目であたしを見る。
ああ好きなひとにこんな風に見られるのって本当に辛い。でも泣いちゃだめ。
まだあたしにはやるべきことが残っているんだから。
「もういい?急がなくちゃあなたも遅刻するわよ」
隼人の視線から逃げるようにその場を離れ、ご飯も食べずあたしはカバンを持って家を出た。
家の前にはアイツがいた。こんなことならもっと隼人に甘えたり抱きついたりキスをしたり
すればよかった。
「未彩、迎えに来たぜ」
「・・・うん」
「やっぱりお前は俺と付き合う運命の元にあるんだってことだな」
そう言って一歩一歩近づいてくる央。あと少しの距離が縮まればもう後には戻れない。
隼人とは本当に別れて央の彼女になる。身体ももうすべて。
これは隼人のためなんかじゃない。あたしのため。
あたしが隼人を好きだから、隼人の辛い顔を見たくないあたしのためにすること。
あたしは自分から央の胸に飛び込んだ。後ろから追ってくる隼人の姿を確認してから。
「やっぱりあたしには央しかいないわ」
ゲームセット・・・のはずだった。
でも隼人は央があたしに腕を回すほんのわずかの間に
あたしを央の胸の中から引っ張りだし、力いっぱいあたしの腕を掴んで走り出した。
思ってもみなかった行動にあたしはただ圧倒された。
どんどんと央の姿が見えなくなってそれでも緩まらない掴む手。
隼人はどこに連れていくつもりなの?
「ちょ、ちょっとどこに行くの?手離して。あたしもう隼人とは・・・」
隼人はあたしの問いには答えず無我夢中でその場所に足を進める。
そしてその場所に着くとポケットから鍵を取り出し、鍵を開けて重い扉を開けて
あたしを中に押し込んだ。
あたしが出ていく間も与えずに大きな音を立ててドアは閉まり隼人は鍵をかけた。
そのとき初めて掴まれた手が離れた。その場所は隼人の家。
いつもとは違う隼人の態度にあたしは怖くなって人の家だということも忘れて
靴を脱いで中に入り、後ろ向きのまま中に逃げ込もうとした。
でも隼人はすぐにあたしの腕をまた掴んで寝室に入る。
そしてあたしをぽんとベッドの上に押し倒した。
「は、隼人?」
「・・・随分と手の込んだことしてくれたな」
「ちょ、ちょっとな、何するつもり?」
「・・・その指輪と同じように俺のものだって刻み込んでやる」
あたしは昨日隼人からもらった指輪を外さなかった。いやこれだけは外したくなかった。
これはあたしのもの。隼人はあたしの上にかぶさってあたしの右手を取り、
その指輪にキスを落とす。そしてそのままあたしの制服のブレザーのボタン、ブラウスのボタン
を外してあらわになった肌、今度はそこにキスを落とした。
時々チクっと痛みを感じつつも隼人はその行為をずっと続ける。
あたしの鎖骨、そして首にはたくさんの赤い花が咲いていた。
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