There be it for you
1
午前5時。あたしは鳴り響く目覚ましを寝ぼけ眼で止めた。
辺りはまだ暗い。
それでもやりたいことがあったからゆっくりとあたしはベッドから身体を起こした。
立ち上がってクローゼットを開ける。嬉しくて思わず笑みがこぼれちゃった。
「日曜出掛けるか」
数日前、学校帰りに隼人が誘ってくれた。学校ではもうあたしたちは公認の仲。
あの日、手を繋いで学校に行った日からね。だから登下校からずっと一緒。
それでも最初はいろいろ言われたのよね。
隼人には隠れファンが多くて一部の女子からは隼人があたしの毒牙にかかっただの、
どうせ相手があたしだからすぐに別れるなんて言われたわ。でも、今は違う。
もう前までのあたしじゃないもの。
あたしは本当に隼人が好きだし、隼人もそう思ってくれているに違いない。
だから別れるなんてありえないのよ。
「んー何を着ていこう?」
よく初デートは早起きして洋服を選んでワクワクするっていうじゃない。
でもあたし今までそれがよくわからなかったのよね。でもその気持ち今はよく分かる。
実際あたしもそうしてるしね。前は前で雨が降ってて百人一首大会になったし。
その次の土日はお寺が忙しくてあたしたちも借り出されたし。
なんだかんだいってデートというデートは初めてかもしれない。
しかも今日は待ち合わせも駅だったりするのよね。本当にデートらしい。
お気に入りの服を着てこの前かったバッグを持って少しヒールの高い靴を履いて彼を待つ。
本当に嬉しくて嬉しくてあたしの気持ちは恋する乙女なのよね。
「早く待ち合わせ時間にならないかな」
早起きしたからもう用意はバッチリ。でもまだ時計の針は9時。
隼人との待ち合わせは11時だからまだ時間がある。隼人はもう行ったのかな。
そんなわけないわよね。いくらなんでも早すぎるわよね。
隼人はどんな気持ちかな。どんな服?最初見たときのような服かな。
あの時はあたしがおしゃれしていったのに隼人はTシャツとジーパンだったのよね。
懐かしい。
「未彩。思い出し笑いなんてすんなよな」
「うるさいわね」
ついつい思い出し笑いなんてしちゃった。
依智に指摘されるまで自分の世界に入っていたのはナイショね。
でも百戦錬磨って自分で言ってたときにもデートってものはしたけど全然楽しめなかったのよ。
まあ、多少作ったりはしてたけど。
でも隼人にはそんな作らなくてもありのままの自分を出せるからすごく一緒にいて幸せだし、
安心できるのよね。
「あ、あたしそろそろ行くわ」
「え?今日隼人とデートじゃないのか?まだ寝てたみたいだけど」
「え?じゃあ依智起こしてきて。今日は待ち合わせは別なの。
よりデートっぽくなるようにね」
時計の針が9時半になるとあたしは家を出た。
隼人はまだ寝てるって?遅刻してきたら何かおごってもらうからね。
彼より早くに待ち合わせ場所について彼を待っていたかったのよ。
女の子らしいかなって。
でも早く出すぎたかな。本屋さんでも寄って立ち読みでもしていようかしら。
・・・ねえ、あたしたちこの時やっぱり一緒に出かければよかったね。
そしたら何も考えずに楽しめた。
これが最初で最後のデートなんて考えなければ
あたしはあなたの前で世界一輝いた女の子でいられたんだろうな。
「お前、俺より先に出たのに随分来るのが遅いな。どこに行ってたんだ?」
「・・・」
あたしが待ち合わせ場所に到着すると隼人はもう来ていた。
当たり前よね。あたしまっすぐここに来たわけじゃないんだもの。
隼人は心配そうにあたしの顔を見ている。
今日は随分おしゃれしているんだ。
ちらちらと女の子が隼人のほうを見ているんだもん。
いいでしょ。かっこいいでしょ。この人あたしの彼氏なの。
・・・ただし今日で終わりだけど。
「未彩?」
「え?あ、ごめんなさい。
ちょっと本屋さんで立ち読みしていたら夢中になっちゃって」
「またどこかでナンパされたりしたんじゃないだろうな?」
「・・・そんなわけないじゃない。気にしないで。それより早く行きましょ。映画始まっちゃう」
ナンパだったらよかった。そう思った。
そうすれば振りほどけたし、いざとなったら隼人が助けに来てくれるでしょ?
だったらあたしもっと隼人に夢中になって離れられないだろうけど。
あたしがそんな気持ちになってるなんて気付かないでね。
あたしはそっと隼人の手を取って映画館に向かった。
今日映画にして正解だったかな。しかも感動物の映画。
だっていっぱい泣いても感動しているって思うでしょ。
ごめんね隼人。泣かせてね。
「おいおいお前泣きすぎだろ」
「だって・・・感動したのよ」
「ほんとによく泣くなお前は。ただしそんな顔は俺以外の前で見せるな」
やっぱり泣いてしまった。
でも映画に感動したのもあるの。それだけ感動的な映画だった。
隼人はあたしの頭をくしゃくしゃと撫でながら苦笑いを浮かべてる。
どこ行こうか?何か食べるか。そう言ってあたしの手を握ってくれる。
温かい。この手が大好き。この手にずっと守られていたい。
あのときもあたしはこの手がないとダメだって思った。
身代わりでもいいと思ったあのとき。
「何かあったのか?」
「え?」
「今日、何か変だから。言いたいことは言えよ」
言えばきっと楽になるわ。でも言えない。あたしは何でもないと首を振った。
いつの間にか隼人に連れられてきたパスタのお店。
いつもならあたしパスタ大好きって言うのに気分がどうしても暗くなってしまう。
目の前にこんなにおいしそうなパスタがあるのに食欲すら湧かない。
「やっぱり変だ。何を隠してる?言えよ」
「・・・隼人、この間・・・告白されてたでしょ?」
「え?」
「あ、あたし見たんだからね。嬉しそうに鼻の下なんて伸ばしちゃってたでしょ」
「鼻の下って。バカかお前。俺はお前以外の女なんて興味ない」
我ながらうまく頑張っていいわけを考えたのに逆にそんな言葉を言われるなんて・・・。
ずるいわよ隼人。あたしもう何も言えなくなっちゃうじゃない。
そんなことは気にしなくていいから食べろなんて笑って言ってくる。
その笑顔好きよ。隼人全部が大好きなの。
「・・・おいしい」
「余計なこと気にすんな。だから暗かったのか。お前もかわいいやつじゃないか」
そっとパスタを口に運んでみる。ほのかにしょっぱいのはあたしの涙。
食べ終わるとデザートが出てくる。もう食べれない。
なかなか口に運ぼうとしないあたしを見かねて隼人がフォークにケーキを刺して
あたしの口の前に持ってくる。
「ほら。進んでないだろ。食え」
躊躇しながらもそれを口にする。周りがあたしたちを見てキャーなんて騒いでるし。
ラブラブカップルに見えるわよねあたしたち。
食事を終えるとさっと隼人が手を出してきた。
あたしが何もしないでいるときつく手首を持ってポケットからある物を出して
あたしの薬指にそっと填めた。
「これでもしてれば少しは安心できるだろ」
あたしの右手の薬指に填められた細いシルバーリング。
でもね。隼人あたしはこれをもらえない。その指輪を外そうとしたら抜けない。
「それ抜けないようにサイズ小さいやつにしたから。うちの学校拘束緩いし
みんなしてるからいいだろ」
「え?」
「抜くなよ。何があっても絶対に」
何があっても絶対に・・・。いいの?これだけはあたしのものでもいいの?
ありがとう隼人。十分よ。
こんなに素敵なものもらえるなんて思わなかったもの。
隼人・・・大好きよ。本当に大好き。だから・・・さよなら。
「ありがとう」
「ああ」
「・・・隼人・・・海に行きたい」
この公園が最後。あたしは最後にあなたとキスを交わしたい。
忘れないように唇にあなたのぬくもりを感じていたいの。
そしてぎゅっと抱きしめて。身体中にあなたの体温を残しておきたいから。
未彩(みさ)ちゃんの眠っている近くにある海であたしはあなたとさよならしたい。
未彩(みさ)ちゃんごめんね。お兄ちゃんを幸せにしてあげられなくて。
海につくとあたしはすぐに隼人に抱きついた。ためらいながら隼人も抱きしめてくれた。
強く強く抱きついた。そしてあたしは自分からキスをした。
やっぱり隼人は温かい。唇を離す。これで最後ね。
ありがとう。そして・・・大好きよ隼人。
「隼人・・・別れましょう」
あたしはその言葉を口にした。
|