次の日の夕方、私は電車に揺られて春香さん(お母さんが言ってた)の店に向かった。

店の中に入ると春香さんが待ってたのよと私の肩をたたく。

中に入ることを促されたのでお邪魔させてもらった。

お店の中に家があるからそのまま階段を上りキッチンに案内された。

とっても広いキッチンでちゃんと準備までしてくれていた。


「さあ始めましょうか」

「はい」


レシピを横に置いて調理開始。綺麗に書かれた文字通り調理を始めていく。

お菓子作りなんて初めてでドキドキしてきた。バニラ生地とココア生地に分けて作っていく。

何だかすごく楽しい。女の子がお菓子を作ることが好きなのがわかるかも。

春香さんも娘が出来たみたいで嬉しいって言ってくれるし、

今度お母さんとも作ってみようかな。


「さ、これを冷蔵庫に入れるわよ」


冷蔵庫?!クッキーってそのまま生地を焼くんじゃなくて冷蔵庫に冷やすものなの?

二つの生地を伸ばしてラップに包むと春香さんは冷蔵庫に入れ始めた。


「冷蔵庫に入れるものなんですか?」

「これはね。アイスボックスクッキーっていうのよ。

普通に作るよりも冷やす手間はかかるんだけどさくっとしてておいしいのよ」


そうなんだ。すごい凝ってるんだな。このクッキー作った人はすごい。

冷蔵庫に冷やすこと30分。生地が固まったのでいろんな形にしていく。

マーブル模様にしたりトラッカーにしたりといろんな形にしてそれをオーブンに入れて焼く。

後は焼きあがるのを待つだけだけど・・・本当に渡せるのかな。不安になってきた。


「どうしたの?」

「・・・ちょっと不安になって」

「彼が受け取ってくれるかってこと?大丈夫よ。
美咲ちゃんが心を込めて作ってくれたんだから。
もし受け取ってくれなかったらすぐに言いなさい。おばさんが怒ってあげるから」


春香さんがそう言ってくれたので少しだけほっとした。

そうだよね。もしダメでもこんなに頑張って作ったんだもん。後悔しない。

焼きあがったクッキーは大成功。

とってもおいしそうでいつも楽しみにしているクッキーと一緒だった。


「よかったわね。大成功じゃない」

「はい。春香さんのおかげです。ありがとうございます」

「いえいえ。私よりレシピ作ってくれた人のおかげよ」

「あの・・・このクッキーその人に渡してあげてくれませんか。
私、その人のおかげでお菓子を食べる楽しみも持つことができたし、
何よりこのクッキーが大好きなんです。
だからそのお礼に・・・っていっても私のなんてその人の本物のクッキーに比べたら
たいしたことないと思いますけど・・・」

「いいの?きっと喜ぶと思うわ。じゃ渡しとくわね」


クッキーを包んでお店を後にする。

春香さんはずっと断られたらすぐに言いにきなさいと繰り返してた。いよいよ明日だ。

高木にちゃんと渡せるかな。

カバンの中に入れたクッキーをそっと見ながら私は明日の告白を考えていた。



「あーどうしよう」


とうとう来てしまった月曜日。

軽い気持ちで高木に話があるから放課後あけといて。

とは言ったけどいざ来るとどうしていいのかわからない。

歩美はがんばれというだけで私が昨日作ったクッキーの数枚をぱくりと口にいれて

おいしいと言って帰ってしまった。

教室の中には高木がいる。私は掃除をしていて今、戻ってきたところ。

でも人がいなくなるのを待って教室の扉を開けた。高木は自分の席に座っていた。


「お、お待たせ」

「おう。何だよ話って」

「あの・・・ね」

「待てよ。俺もお前に話があるんだ」


そう言って何かを持って私に近づいてくる。

思わず私は後ずさりしてしまって黒板まで追いやられた。目の前には高木が立っている。

顔を逸らすと無理やり前を向かされた。そして口の中に何か入れられる。

これはクッキー?私の好きなクッキー。


「俺、早瀬が好きだ。お前が他のやつを好きでもいいんだ」


私、告白されているの?口の中に広がる甘い味。

とりあえず全部口に入れられないの噛み切って何度かに分けて口にする。

やっぱりおいしいな。ってでも何で高木がこれを?


「それ作ったの俺なんだ。あの店は俺の家でさ。
お袋からお菓子嫌いの子に食べれるお菓子を考えてるっていわれて俺が作ってみた。
もしかしたら彼女のお菓子嫌いは食べず嫌いじゃないのかって。
だからクッキーならどうにか食べれるんじゃないかって思ってさ」


このクッキー。高木が私のために?

ずっとこれしか食べてなかったけど確かにそうかもしれない。

だって私、あのお店のケーキとってもおいしそうだって思ったんだもん。

でも私が告白しようと思ったのにどうして私が高木に告白されてるの?


「ありがとう」

「俺こそ。それ気に入ってくれてすごく嬉しかった。今日さ、告白するんだろ。
なんか告白前にこんなこと言われて焦るかもしれないけど、俺は応援してるからさ」


そう言って私から離れていく高木。ちょっと待って。何を勘違いしてるの?

私はそのまま去っていこうとする高木の手を握った。慌てて振り向く高木。すごく赤い顔をして
いた。


「なんだよ」

「ちょっと待って、なんか勘違いしてるよ。
私が好きで告白しようと思っているのは高木だよ」

「え?」


私は高木の手をとったまま自分の席に戻る。

そしてカバンの中からクッキーを取り出して彼に渡した。


「これ俺に?」

「っていっても高木のほうがおいしいと思うけどね」

「・・・昨日食ったからうまいのわかってるって。いただきます」


昨日?そっか。私が春香さんに渡してって頼んだクッキー、高木食べてくれたんだ。

さくっと音がする。高木の顔が見る見る笑顔になっていって嬉しかった。

私のほしかったその笑顔。


「・・・最高だよ。今まで食べた中で一番おいしいクッキーだ」

「高木が考えてくれたからだよ。ありがとう」


私の大好きなクッキーは私の大好きな彼が私のために作ってくれたもの。

私からの告白のつもりだったのに高木から告白されたのは予想外だったけど

それでも一番ほしいものは手に入った。

後日談だけど歩美は高木の気持ちを知っていたらしい。

春香さんに至っては私が告白したいことを言っただけでへこんでた高木に

そんなにほしいなら告白しろと渇まで入れたという。

春香さん見かけによらずにすごい人だと思った。


「慎哉、はいこれ」

「ありがと」

「今日は春香さんに教えてもらったカップケーキだよ」

「うん。うまい」


あれから付き合い始めた私たち。慎哉はもう他の子からお菓子をもらわない。

すっかりお菓子作りに目覚めた私がこうやって彼にお菓子を作っては渡すから。

おいしそうに食べてくれるのがすごく嬉しい。さて明日は何を作ろうかな。