Special Cookie



私は甘いものが食べれない。

小さいときにアレルギーになって以来、口に入れることすらできなくなった。

でも甘いものでもたった一つだけ食べられるものがある。

それはお母さんが買ってきてくれるクッキー。

高校に入っても甘いものが食べられなかった私のために

お母さんがお店に頼んで特注で作ってもらったものだった。

最初買ってきてくれたとき、やっぱり私の中で拒絶反応はあったけれど

恐る恐る口に入れてみるとさくっと音を立てた後、甘い味が口の中に広がる。

あまりにもおいしいクッキーだったので私はそれをすぐに食べてしまった。

特注だということであまり数も作れない。

しかし、私のためにそのお店の人は土曜日だけそれを作ってくれるという約束をしてくれた。

その日から毎週土曜日はクッキーの日になった。


「いよいよ明日になったら食べられるよ」


今日は金曜日。いつもの学校も明日のことを考えるととても楽しく感じる。

休み時間になると私は待ち遠しくてつい口にだしてしまった。

前の席に座った歩美がまたかと呆れ顔で私を見てきてもまったく気にならない。


「歩美も食べに来る?」

「ざんねーん。あたしは明日デートなのだ」


返ってきたのはVサイン。歩美には年上の彼氏がいる。

うらやましいけど私にはクッキーがあるもん。だから別に気にしない。


「お前、色気ねえな」


私と歩美が話していると隣の席の高木慎哉が入ってきた。

私が口を膨らませてじとーっと高木を睨みつけると声を出して笑い出した。


「別にいいでしょ。私はクッキーが好きなの」

「はいはい。クッキーね。おっまた呼ばれちまった」


いたずらっ子の笑みを浮かべて高木は出て行った。廊下で呼んでいるのは女の子。

高木はよく女の子にお菓子をもらっている。それだけ彼のお菓子好きは有名だった。

昨日はマドレーヌをもらったって私の前で自慢しながら食べていた。

嬉しそうにおいしそうに笑顔を浮かべて。私は高木と女の子のほうをじっと見ていた。


「美咲、頑張らないと高木取られちゃうよ」


歩美は一人ポッキーに舌鼓を打っている。

そう。私は高木が好き。

隣の席になって話すようになって仲良くなってから高木のことが好きになった。

だけど高木はモテるし、お菓子が大好き。

こんなお菓子嫌いの私が高木のことを好きになったってしょうがないよね。

楽しそうに女の子と談笑してる。どうしたらその笑顔私だけに向けてくれるんだろう。


「美咲、ぼーっと見ないの。でもほんとあの子彼女になっちゃうかもしれないよ」

「えーそんなのやだ。どうしたらいいと思う?歩美」

「んーじゃあ美咲もお菓子作ってみたら?」

「え?!だって私、お菓子なんて作ったことないよ」

「本とか見たらいいじゃない」

「んーでも・・・」

「じゃ明日クッキーのお店に行って作り方教えてもらったら?

そしたら美咲もそのクッキーが食べれて一石二鳥じゃない」


あ、その手があった。

だけど私はいつもお母さんに買ってきてもらうばかりでどこのお店かもわからない。

それはお母さんに聞けばいいか。うん。そうしよう。

それにその店のものだったら他のものも食べれるかもしれない。早瀬美咲、頑張ります。



次の日、私はお母さんに場所を教えられて一人、お店に向かった。

そのお店は電車で二駅のところにある。

電車に乗り込みクッキーのことを考えるともう早く食べたくて仕方がない。

駅についてお母さんに書いてもらった地図を頼りに歩いていくと

私の目の前に小さなかわいらしいお店があった。赤いレンガの屋根。

そっと中を覗いてみるとガラスケースにたくさんケーキが並んでた。

その前に立つと自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ」


綺麗な女の人が私を見て笑っている。ケーキもどれもとてもおいしそう。

でも私の今日の目当てはあのクッキー。

にこっと私も笑顔を返すときょろきょろと店の中を見渡した。

でもあのクッキーはない。そうか。特注だからお店には並んでないんだ。


「すいません」

「はい」

「あの・・・クッキーをお願いできますか?」

「あら、あなたがあのクッキーの・・・ちょっと待っててくださいね。すぐお持ちしますから」


女の人はそういうと中に入っていった。それにしてもどれもおいしそう。

それにケーキ屋さんなんて初めて来た。こんな風に売ってるんだ。

まじまじとケースの中のケーキを見ていると女の人が戻ってきた。

小さな袋に入ったクッキーを持って。


「お待たせいたしました」

「いくらですか?」

「お代はいいのよ。あなたのお母さんと私、お友達なのよ」

「そうなんですか?」

「そう。だから気にしなくていいのよ」


そっか。この綺麗な女の人がお母さんの友達なんだ。

だから融通や無理を聞いてくれたんだ。じゃあ教えてもらうのも大丈夫かもしれない。

私は勇気を振り絞って聞いてみることにした。


「あの・・・作り方を教えてもらうことはできないですか?」

「あ・・・ちょっとこれはねぇ。
他のものなら律子の娘さんだから教えてあげてもいいんだけど
このクッキーは作っている人が違うのよ」

「そう・・・なんですか」

「自分で作ってみたくなった?」

「はい。もちろん自分で作って食べてみたいっていうのもあるんですけど・・・あの・・・」

「何か理由があるってことなのね」

「あげたい人がいるんです。
その人はすごくお菓子が大好きでみんなにお菓子もらってて
だから私も作ってその人にあげたいって・・・」

「その子のこと好きなの?」

「・・・はい」


恥ずかしい。今、知り合った人にこんな話をするなんて。

でも作りたい。作って食べてもらいたい。

女の人は私に笑顔を向けるとちょっと待っててねと言ってまた奥に入っていった。

でもここのケーキ、とてもおいしそう。買って帰ろうかな。

そんなことまで思ってしまった。数分後、女の人が戻ってきた。


「あのクッキーの作り方のレシピ、
作ってもらえることになったから明日夕方にまた来てくれれば教えるわよ」

「本当ですか?!」

「かわいい女の子の恋の手助けができるなら私も嬉しいわ」


恥ずかしさを偲んで言ってよかった。

女の人に何度も何度もお礼を言って私はクッキーを手に店を後にした。

明日このクッキーの作り方を教えてもらえる。自然と笑みがこぼれてきた。

でももし告白して振られたら?もう高木とは話せなくなっちゃうかもしれない。

せっかくいい気分だったのに気分ががっくり落ちてきた。

でもそんなこと言ってられない。頑張らないと。