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浜辺に腰掛けてあたしはただ辻宮の話をじっと聞いていた。

涙が止まらない。妹だったんだ。辻宮の愛する人は・・・

そしてもう手元に置いておけないっていったのはこういうことだったのね。

だから辻宮のお経は誰よりも心に響くんだ。

未彩(みさ)ちゃんに向けて唱えてるんだから。


「師匠にあのとき出会ってなかったら
俺は今の俺じゃいられなかったんだろうな。
だから師匠には感謝してる。お前の家族にもな」

「辻宮・・・」

「最初連れて行かれたときは正直驚いたけどな。
家族ってものがあんなもんだって思ったことなかったからな」

「・・・うちの家は特別なのよ。うるさいくらい」

「そうかもな。でも俺には安らげる場所だった」


くすっと笑って辻宮がそう言う。辻宮今まで辛かった?

あたしはあなたに何ができるんだろう。


「あたしが未彩ちゃんになってあげる」

「え?」

「だから、だからもう傷つかないで」

「・・・それは困るな。言っただろ?
俺、お前を身代わりだって思ったことないって」

「じゃあ・・・」

「最初あの家でお前の名前を見たときびっくりした。
同じ名前だったからな。
でどんな子かって気になったのが最初。
それなのにまったくその子には会えなくてさ。
お前みたさに通ってたってのが本音だな。
師匠にお経を教えてほしいっていうのを口実にな」

「そ、そうなの?」

「ああ。それでも会えなかったから
こいつほんとにこの家の子かとか思ったりもしたな。
むしろ俺のほうがこの家にふさわしいんじゃないかって」

「辻宮」

「ま、冗談だけどな。で高校入ってやっと出会えたんだ。
それなのにお前は百戦錬磨とか言って男とっかえひっかえで来るもの拒まず
正直これが未彩と同じ漢字の女かよとか思った」

「悪かったわね。こんな女で」

「まあ落ち着けよ。でもさ、
一度気になるとずっと気になるもんでさ、
俺はお前がどんなやつか見たかったんだ。師匠の孫だしな。
それで中学のときの唯一の友達の颯太に言った。
あいつ俺のこと落とせるかなって。
そしたら颯太ったらその気になったんだよな。彼女まで巻き込んでさ」

「颯太?あ、・・・もしかしてあんたあたしをはめたのね?」


辻宮にあたしはまんまとはめられたってこと?

確かにあのときのあたしはかなり自信過剰だったから

そんなことには気付かなかったけど全部仕組んでたのね?!


「ま、あんな簡単にはまるとは思わなかったけどな」

「ひどい。ひどすぎる」

「でも正統派でお前を知るのは無理だと思ったんだ。
どうせなら落とすの目当てで俺に近づいてくれたほうがいいってね」

「最低」

「最初はほんと面白い女だと思ったんだ。
百戦錬磨のわりには男慣れしてないし、寺ではびくびくしてるし。
でも俺のお経がいいって言ってくれてさ。どんどんどんどん入りこんできやがった」

「・・・なんか恥ずかしいんだけど」

「でさ寺元にキスされて教室戻ってきただろ。赤い目して。
あの時にはもう完全にお前に溺れてたんだと思う。
だから寺元が許せなかった。お前が止めるとは思わなかったけどな」

「だってほんとにあのときの辻宮はすごかったのよ。
あたしが止めないと央は確実に殺されてたわ」

「確かに見境はなかったけどな」


やられた。全部仕組まれていたんだ。

まあそうカリカリするなって辻宮があたしの頭に手をやって立ち上がった。

ん?ちょっと待って。溺れてた?

あんたあたしのこと好きな女に似てたからって言ったわよね?

あたしは思いっきり立ち上がり辻宮の顔をじっと見た。


「ちょ、ちょっと待って。
あんた昨日あたしのこと好きな女に似てたからって言ったわよね」

「ああ。あれは精一杯の俺の賭け。
お前が関係ないとか言ったから余計そんな言葉が出てきたのかもな。
心配しなくても俺は最初からお前自身しか見てないよ」

「嘘・・・じゃああたし・・・」

「あんな風に告白されるとは思わなかったけどな。でも嬉しかった」

「手元に置きたかったのは彼女の代わりじゃないの?」

「もう二度とあんな思いはしたくない。
だから学校だけじゃなく、お前の家にいるならずっとお前のそばにいたかった。
自分が護ってやりたいって思ったんだ。お前何げに危ないからな。
家とかにも誰か来るかもしれないし。
もうお前の家は寺ってバレたしな」

「どういうことよ」

「百戦錬磨だから狙われやすいってこと。
ただでさえ寺元にキスされてるしな」


そう言って唇を近づけてくる。ちょっと、近い。

あたしは思いっきり体をそらした。

このまま簡単にキスされてたまるもんですか。


「なんだよ?」

「・・・辻宮。あたし、許さないわよ。
あたしにした仕打ち絶対に許さないから」

「じゃあどうしたら許してくれんの?」

「・・・これからもあたしの家で修行しなさい。
でちゃんと殴らずにあたしを護って。
それから・・・もう人を殴ったりしないで・・・それから・・・」

「ずいぶん注文が多いな」

「当たり前よ。あたしのプライド崩したんだから。それくらい当然でしょ」

「はいはい。それから?」



「・・・・それから・・・未彩(みあや)って呼んで」



あー恥ずかしい。顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。

でも、でもずっとあたしの名前を呼んでほしかったの。

いつもお前って、たまに呼ばれても岩瀬で。

ずっとあんたから名前で呼ばれたくて仕方なかったのよあたし。

辻宮?何で反応してくれないの?

やっぱり、未彩ちゃんと同じ漢字だから呼んでもらえないの?


「・・・お前、それは反則」

「は?」


辻宮を見ると今まで見たことないくらいに顔が赤くなってる。

ちょっとなんであんたが赤くなるのよ。

あたしが赤くなるならわかるけど。


「・・・了解」

「何?何?え?何わかってくれたの?辻宮」

「・・・お前も名前で呼べ」

「あ、でも命令系?あたしはちゃんとお願いしたでしょ」



「・・・わかったよ。・・・俺のこと・・・隼人って呼んで」



どきーん。何であたしが顔赤くしてんの?もう恥ずかしいじゃない。

だからさっきあんたも赤くなったの?ってまだ赤いし。


「さ、帰るか」

「・・・う、うん」


なんともき恥ずかしい雰囲気の中、そう言って辻宮、

もとい、隼人が言うのであたしたちは寺に向かって歩き始めた。

浜辺は歩きにくい。砂がいっぱい足にかかる。

隼人がそっと手を差し出してくれた。その手を取る。

あたしはやっぱりこの手がないとダメなんだ。


「・・・ちょっと待って」

「え?」


隼人にぐいっと手を引っ張られて浜辺に倒れこんでしまった。


「耳貸して」

「耳?」


昨日のように一本ずつ手を重ね合わせるとあたしの耳元で隼人が呟いた。



「・・・未彩(みあや)・・・お前が好きだ」



そ、それこそ反則じゃない。

あたしが口をパクパクさせていると辻宮が消毒と言って唇を重ねてきた。

確信犯でしょ。


「消毒終了」

「・・・またやられた」

「お前百戦錬磨の割りには遊びなれてないよな。
もしかしてただの自称だったりするんじゃないのか」

「・・・違います!!あたしは百戦錬磨なの
狙った相手に告白させるようにするプロなんだから。
実際あんただって落としたでしょ」

「ま、なんとでも言えば。でも今日からは俺専属な。
俺はどうやら嫉妬深いみたいだから。
今度百戦錬磨なんて言ったら・・・
どうなるかわかってんだろうな?
ま、一つ屋根の下で暮らすわけだから・・・
それなりに覚悟してるだろうけど・・・」

「は?な、何言ってんのよ。
あんたあたしには何もしないってお母さんに約束したんでしょ?」

「あ、それは付き合うまでは手を出しませんってこと」


あーもう嫌。キャラ完全に変わってる。

でももしかしたらこれが本当の辻宮隼人なのかもしれないね。

だってあの写真に負けないくらいの笑顔なんだもん。


「これからも手出し禁止に決まってるでしょ」

「時と場合によるな」

「もう!あ、でもこれからもお経は唱えてね」

「ああ。でもお前そんなにお経にはまったんだな」

「ううん。隼人のお経だけ」

「は?何で?」

「そういうこと。それよりあの百人一首はどういう意味?」

「え?あ、あれはいいんだよ。それよかお前こそなんなんだ?」

「・・・じゃ教えてあげる」 


『隼人が唱えるナムアミダブツは・・・あたしにはなくてはならないもの』

今度はあたしが隼人の耳元でそう呟いた。




〜終わり〜