I have thought of that day and one coming at the same time
       The past story



あれは丁度、高校入試の日だった。

篤貴はもう少し勉強しておけばというような気持ちで高校に向かった。

空は篤貴の気持ちを示すかのようなどんよりとした暗い雲に覆われている。

今にも雨が降りそうだった。一人、徹夜で覚えた英単語を頭の中で繰り返す。

駅に着くと中学生が何人も切符を買うのに並んでいた。

篤貴もカバンから財布を取り出しその列に並ぶ。

しかし、ようやく次が篤貴の番だというのにも関わらず、一向に順番は回ってこない。

どうやら前の子がとらぶっているみたいだった。


「どうかしたのか?」


篤貴はそっとその子に近づき、声を掛ける。

その声に気付き、振り向いたのは丸いめがねの二つぐくりをした少女だった。

その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「・・・お札が入らないんです。一万円札しかなくて・・・」


少女はぼそっと篤貴に呟く。後ろからは急かすような一言や視線を感じた。

少女は下を見て俯いてしまった。

どうやら彼女は一万円札がどの切符売り場でも使えると思っていたらしい。

しかし、実際使用できるのは一番端の切符売り場だけだった。


「小銭は持ってないのか?」

「・・・さっき、緊張して喉が渇いてお茶を買っちゃったんです。だから・・・」


後ろに並んでいた人たちは飽きた切符売り場に移動する。

ふと腕時計を見たら次の電車に乗らないと間に合わない。

今から一番端の切符売り場に並ぶのは無理だった。

どんどん人が改札に足を運ぶのが分かる。


「これ使え」


篤貴は自分の財布の中から500円玉を取り出して、少女に渡す。

少女は瞳を丸くして篤貴を見るが、自分も時間に間に合わないと思い、急いで切符を買った。

そして少女は篤貴に切符を渡す。


「藤栄高校ですよね?間違っていたら乗り越ししてください」


少女は篤貴から渡されたお金で2枚切符を買った。篤貴はそれを受け取る。

ふと時間を見ると電車が到着する5分前。この駅の改札は階段を上らなければならない。

ゆっくりしている時間はない。


「電車来るぞ。走ろう」


篤貴は切符を急いで自動改札に通す。後ろから少女もついてくる。

自分だけなら絶対に間に合う。そう確信があった。

しかし、後ろの少女が気になって仕方が無い。篤貴は少女の元に行き、彼女の手を取った。


「急ぐぞ」


最初はきょとんとしていた少女だったが篤貴が走り始めたので一緒に走る。

とにかく必死に階段を駆け上り、なんとしても電車に乗る。

二人が階段の踊り場まで着くと丁度電車が到着した。

人が降りてくるのを交わしながら必死の思いで二人は電車に乗り込むことが出来た。


「あ、ありがとうございました」

「・・・別に。あ、悪い」


電車に乗り込むとほっとした気持ちで少女がお礼を言う。

篤貴はそれまで握っていた手をそっと離した。ガタンゴトンと電車が揺れる音がやけに響く。

少女の制服を見るとどうやら隣の学区の中学みたいだった。

真面目というイメージが強いかもしれない。そんな感じの子だった。


「あ、あのお金・・・」

「いいよ。あれはやる」

「でも・・・」

「気にするな」

「・・・すいません・・・迷惑かけちゃって」


そう言うと少女は俯いてしまった。

篤貴はそれを気にもせずにまた徹夜で覚えた英単語を必死で繰り返す。


「あの・・・すいません」

「・・・別に」

「あ、あたし迷惑ですよね。すいません。あっち行きますね。本当にありがとうございました」


それだけ言うと少女はその場から離れようとする。

篤貴は思った。もしかすると少女は勘違いをしたのではないかと。


「待てよ。別に迷惑とかそんなんじゃない。だから・・・いろよ。またなんかあるかもしれないし」

「・・・いいんですか?迷惑じゃないんですか?」

「迷惑じゃない」


篤貴がそう言ったので少女は踏み出そうとした一歩を戻した。電車の窓際に立つ二人。

流れ行く景色。いくつかの駅を通りすぎてようやく電車は目的の駅に着いた。

電車の中からたくさんの受験生が降りる。二人も電車から降りた。

そして改札を抜けると外は雨が降り出していた。


「・・・あ、雨ですね」


少女はそう言うと持っていた紺の傘を開く。しかし、篤貴は傘を持ってきていなかった。

確かに雨は降りそうな天気だったが、傘よりも何よりも英単語で頭がいっぱいだったので

家を出るときにそれに気付かなかった。


「傘、持ってないんですか?」

「・・・ああ」

「よかったらあたしの傘に入ってください。さっきのお礼っていうか、あたしの傘男物の傘なんで
二人で入ってもそんなに濡れないと思うんで」


少女が笑顔でそう言う。知らない女の子と相合傘なんて照れくさい。

でもこのまま濡れて行けば試験会場はビシャビシャになってしまう。少し考えた篤貴だったが、

好意に甘えさせてもらうことにした。少しばかり少女よりも背の高い篤貴が傘を持つ。


「どうして男物の傘を持ってるんだ?」

「あたし小さい傘で濡れるのが嫌でずっと男物の傘を持ってるんです。でも本当はもっといい
色の傘がほしいなって。こんな紺の傘なんかじゃなくって綺麗な色の」

「変わってるな。でも探せば男物でもいい傘はいっぱいあると思うぜ。俺は緑とか持ってるし。
瞳を凝らして探せば案外いいものがあると思う」

「そうなんですか?じゃ緑色とか探してみようかな」


あえて受験の話には触れず、少女の持っていた男物の傘で会話を盛り上げる二人。

篤貴は思った。もう一度彼女に会いたい。だからなんとしても合格するんだと。

高校に着くとあいにく二人の受験教室はバラバラだった。あえてお互いの名前は聞かず、

共に合格できるようにと言って二人はそれぞれの教室に向かった。



「でも、結局その子には会えなかった。もしかしたらもう違う高校に行ったのかもな。で入学して
あんたの名前を友達からよく聞くようになったんだ。かわいいとか謎めいてるとかさ。なんか
最初はそんなん聞いてたから気に入らないとか思ってた。でもあんたがどんなやつかって
ちょっと興味あってあんたのクラスまで見に行ったんだ。ま、最初はあいつか。くらいにしか
思わなかった。でもなんかあんたがあの時の子の瞳に似てるなって思うようになってそれから
あんたを見るようになって・・・そんで好きになった」


最初は身代わりだと軽蔑されるかもしれない。篤貴はそう思ったが正直に陽菜に告げた。

今更彼女を失いたくはない。でも好きになったのはそういうあまりいい動機ではない。

陽菜はどう思っただろう。篤貴はちらっと陽菜を見た。


「・・・嘘。まさか・・・あのときの人?」

「え?」

「あなたがあのときのお金を貸してくれた人なの?」

「おい、何言ってんだ。俺が貸したのは丸いめがねの・・・」

「あたし高校に入ってコンタクトにしたの」

「え?それ本当か?」

「うん。でもあたしがお金を借りた人はそんなに背が高くなかったから・・・」

「この一年で20cm伸びた。俺」

「え?じゃ、入試のとき500円貸してくれた人は・・・」

「傘に入れてくれたのは・・・」


二人はお互いを指さしあった。

陽菜もずっとその彼のことが気になっていた。そしてまた会いたいと思っていた。

しかし、特に彼には特徴もなかったし、探しても分からなかった。

もしかしたらダメだったのかもしれない。

ただ傘だけはいつも緑色の傘がほしいと思い、そしてあのお気に入りの傘を買った。

あの日の二人は2年という月日を得てようやく再会することが出来た。

そしてお互いに芽生えた思いも伝え合うことが出来た。瞳が二人を導いてくれたのだった。