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怖い。でも怖いなんて言ってられないのよね。だって元はといえばあたしが悪いんだから。
あたしが百戦錬磨なんていかにも誰にも本気じゃない態度とってたんだから。お寺で生まれて
育ったあたしは寺の娘ってことだけで誰からも好きにはなってもらえなかった。
それが嫌で自分を磨いて高校デビューを果たした。
今まで男の子からちやほやなんてしてもらったことなかったから付き合ってほしいなんていわれ
て嬉しくて付き合った相手はすごく手が早くてキスなんて付き合った初日。それでも初彼氏だっ たから夢の中にいるみたいだった。でもそいつはそれからも必要以上に体を触ってきて・・・。
「お前なんて体目当てじゃなかったら付き合ったりしねえよ。
顔がいいし連れて歩くには最適だからな」
まさかそんな風に言われるなんて思わなかった。それからあたしは変わった。絶対に男に
遊ばれたりなんてしない。あたしが遊んでやるってね。あたしの努力が実を結んで声をかけて
くる男は後を絶たない。だからその男全員と付き合ってやったわ。もちろん絶対に手は出させ
ないそんなことをしてくるならすぐにでも別れる。でも男は必ずあたしが別れの言葉を口にする と「お前なんかこっちから願い下げ」「期待はずれ」なんて言われてきた。。
そう。隼人もそうだと思ってた。落とすだけ落としてさよなら。それなのに彼はそんな男たちとは
違った。あたしに恋する気持ちを教えてくれた。
「隼人・・・あたし、隼人に出会えてほんとによかったと思うわ」
「どうしたんだ?そんなこと言って・・・」
「ううん。言いたかっただけよ。行ってくるわ」
あれから数日、あたしは考えた。央に会っていいのかどうか。水島くんを知らないから彼を
本当に信じていいのかわからない。また、あたしたちを引き裂こうとしているのかもしれない
なんてマイナスの考えが頭の中を巡る。でもそんなことを考えていてもキリがない。
どうせもうこのままじゃいられないのだから。
「ああ。話して来い」
そしてあれから一週間後の日曜日、あたしは央を呼び出した。駅前の小さなオープンカフェ
に。それは央を信じてないように思えるかもしれないけど、それでも話したいからこそ考えた
結果だった。送ってくれた隼人と別れ、カフェに入る。
窓際の一番奥の席に央がもう来ていた。客観的に見るとカップを片手に携帯をいじってる彼の
姿に近くに座っている女の人二人が熱い視線を送っていた。彼も遊び人なだけあって傍から
見ればかっこいいのかもしれないわね。
「・・・待たせてごめんなさい」
「ほんと。日曜日だってのに俺を呼び出すなんて、何人の女の子が悲しんでいると
思ってるんだ?」
「それはそれはごちそうさま」
くすっと笑う央。どうぞと促され、椅子に座る。店員さんが来たのでホットミルクティーを
注文した。そうよね。彼はこんな人だったわ。どの女の子にも固執せずに笑顔で話す。
あれからすっかり変わってしまったけど友達だった彼はいつもこんな感じだった。
「・・・俺さ、未彩のこと好きだったよ。こんな俺がそんなこと言っても仕方ないと思うけど、誰に
も心を動かされることのなかった俺が初めて感情むき出しにしても手に入れたいって思った。 だから嫌な思いとかさせて悪かったよ」
「央・・・」
「俺はさ、その真剣になることとか絶対ありえないって思ってたし、お前のこともただ似てると
しか思ってなかったんだ。でも見た目は軽そうだし、百戦錬磨だなんていってるわりにすごく
純粋だし、そんなところに惹かれ始めたんだ」
央の言葉がしっかりとまっすぐに胸に入ってくる。彼がこんな風にあたしのことを思ってくれて
いるなんて思わなかったもの。注文したミルクティーが運ばれてきた。
「辻宮を落とすって聞いたときにさ、変な不安がよぎったんだ。お前がもう手の届かないところ
に行くんじゃないかって。そうしたら居てもたってもいられなくて嫌われてもいいからぶつけたか った。俺の気持ち。あんな風にしか言葉が出てこなかったけど」
「・・・わかってあげられなくてごめんなさい」
「そんなの。でもお前ほんとに変わったよな。謝るなんてことしなかった。辻宮はそれだけお前
に影響を与えたんだな」
あたしは大きく頷くと運ばれてきたミルクティーにそっと口を付けた。央もカップに残ってた
コーヒーをぐいっと飲み干した。そう。あたしは隼人に出会ってたくさん変わったの。素直になる
ことも学んだ。涙を流すことも。甘えることも。そして人を本当に大切に思える気持ち。愛する 気持ちを学んだ。ふと央があたしの服装に目をやる。今日は隼人に言われたからミニスカート は履いてないけど。
「な、未彩これからはもうちょっと格好とか気にしたほうがいいぜ。軽そうに見えるからお前は
体目当てでもOKだって思われるんだよ。だから声を掛けてくる男が後を絶たなかったんだ。
お前がもう傷つけられるのは見たくないから俺からの最後の助言。今まで言ってやらなくて
ごめんな。ま、これからはそんなことないだろうけどさ」
「・・・あたし、男の子にもてたくて必死だったから・・・」
「わかってた。それも。だから言わなかったのもある。でもそうやって毎回傷つけられることで
いつか俺を頼ってくれるんじゃないのかって思ってたんだ。俺、バカだろ」
「・・・どうして・・・どうしてそんなこと今、言うのよ。あたし、央にひどいことたくさん・・・」
痛かった。胸が。央が笑顔で言う言葉が全部今、あたしを本当に好きでいてくれたことを
伝えているから。昔のあたしならきっとそれも体目当ての手段の一つだって思っていたかも
しれない。だけど、今はちゃんと人を愛しているからそれが簡単に交わせない言葉だって
分かるのよ。
「・・・お前が辻宮に会って学んだように俺もお前に会って学んだ。いろんなこと。俺さ、お前に
嫌われたってわかったときすごく心が痛んだ。傷ついたよ。その時にさ、人に傷つけられるって ことはこんなに辛いことなんだって思った。初めて、自分のやってきたことに罪悪感を感じた。」
「・・・」
「俺さ、お前の影響で変わった自分を見てほしかったんだ。でもそれを伝える術が分からなくて
伝えたいのに伝わらなくて。でもさ、そうじゃなかったんだよな。伝える言葉がちゃんと言えな
かったんだよ。・・・未彩、俺、お前に出会えてほんとによかったよ。これが言いたかったんだ。
それと従兄弟のこと許してやってくれな。あいつなりの俺にできることだったんだと思う。あいつ も反省してたよ。って何泣いてんだよ」
頬を流れる一滴。ずるいわよ。そんな風に言うなんて。そっと頭を撫でられる手も振り払えな
い。でもすごく温かい央の手。あたしに会って変わったなんて言われて泣かないわけないでし ょ。あたしもあなたに伝えたい言葉があるの。
「・・・ありがとう」
「俺もありがとう。よし。じゃバトンタッチだな」
央はそう言って立ち上がる。そしてあたしたちが座っていた席の二つ後ろの席から人を連れて
くる。隼人?!あたしはちょうど手前に座っていたから分からなかったけど、隼人がここにいた ってこと?
「お姫様泣かせちゃったよ。後はよろしくな。後、俺がお前にできることはお前の幸せを祈る
ことかな」
そう言って伝票を持って央は店から出て行こうとする。呼び止めたいのに声にならない。涙が
止まらない。隼人はあたしの隣に座って背中をそっと撫でてくれた。ふとカバンの中で鳴る
携帯。取り出すとメールが一件入ってた。央から。
<これからもいい友達でいてくれよな。隣の辻宮にもそう伝えてくれよ。俺もお前らみたいに
絶対に幸せになる。・・・未彩ごめんな。それから本当にありがとう>
あたしはそのメールを見て号泣してしまった。人目もはばからず。さすがに隼人は苦笑いを
浮かべながら慰めてくれたけど、傍から見れば隼人が泣かせたように思うわよね。
ごめんなさい。
「ねぇ隼人」
「・・・なんだよ?」
あたしがようやく落ち着くと隼人は気まずそうに店を出ようと言った。レジに向かうときに
感じる視線。やってしまったとちょっと反省はしたわよ。でも、仕方ないじゃない。央があんなに
優しいんだから。あたしたちは並木道を手を繋ぎながら歩く。
「もし、隼人があたしと別れろって誰かにいわれたら別れる?」
「別れる・・・わけないだろ」
「あたしに危害を加えるって言われても?」
「当たり前だろ。そんなんで別れるほど俺の愛は軽くないんだ」
「あたしはいつも隼人に救ってもらってるわね。あたしも隼人のために何かできればいいのに」
「・・・未彩が俺のために出来ることは俺のそばから離れないこととずっと俺だけを好きでいる」
「え?」
「そうしたら次はそっちの手に買ってやる。いつになるかわからないけど」
顔を見合わせて笑いあった。あたしたちは何度離れたって絶対にくっつくのよね。
磁石みたいに。言葉や行動でお互いの思いを伝え合って。そしてもっともっと絆が深くなるの。
あたしは本当に隼人に出会って、好きになって、付き合えて幸せ。そしてそんなあたしを見て
央が変わってくれたこともすごく嬉しかった。全部隼人のおかげなのよね。
これからもきっといろんなことがあるだろうけどそれも二人で乗り越えていけるよね。だって
隼人の手があればあたしはきっと何でも出来るもの。だからずっと傍に居るわ。
それがあなたのためにできること。
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