Special cookie
〜思いやり〜
慌ただしい年末が過ぎ、新しい年を迎えた。去年はいろんなことがあったと思う。
今までずっと食べられなかったお菓子を食べることができるようになったり、
初めてお菓子を作った。それに好きな人と付き合うことができた。
お菓子嫌いの私とお菓子大好きな慎哉。
どう考えても釣り合わないはずなのに私のお菓子嫌いを克服してくれたのが
慎哉の考えてくれたクッキーだった。
そしてそれから私はお菓子大好きになっちゃってお菓子作りに目覚めてしまった。
でも一番印象に残ってるのは付き合って初めてのイヴ。
どんなケーキを作ろうかって考えていた10日前、突然告げられたんだよね。
「俺、24日は絶対に家の手伝いをしなきゃいけないんだ」
慎哉の家はケーキ屋。イヴは一番の稼ぎ時で慎哉はお店の手伝いをしなきゃいけない。
だったらせめて私もお店の手伝いをして慎哉と一緒に過ごしたい。
でもその願いも叶わず私たちは別々のイヴを過ごさなきゃいけなくなった。
なんとしても一緒に過ごしたい。そう思っていたけどどうしたらいいのかわからない。
結局私はだらだらとベッドに寝転びながら何冊か買ったお菓子の本をパラ見していた。
慎哉に何を作ろうかと考えながら買った本。今となっては暇つぶしの道具。クリスマスケーキの
本なんてその日に作るから意味があるわけで他の日に作っても意味がない。ふと一つの
ケーキに目がいった。最初は生クリームたっぶりの真っ白ケーキを作ろうかと思ったけれど、
きっとそれなら慎哉は見続けているだろうし、今日売れるのもそれが一番だろう。
だからこれを作ろうって決めてたんだ。
「本当はこれを作るつもりだったんだよね」
「美咲今日はケーキ作らないの?」
一階からお母さんが声を上げてる。作りません。だって作ったりしても意味ないもん。
返事をしなかったからお母さんが部屋に入って来た。
「美咲、どうしたのよ?あなた数日前までケーキ作るんだって張り切ってたじゃない」
「…作っても意味ないもん」
「どうして意味ないのよ。慎哉くんと喧嘩でもしたの?」
「…そんなんじゃない」
私はお母さんに慎哉がお店の手伝いで一緒に過ごせないことを話した。去年のイヴは
お母さんとデパートに行ったから今年もそうなるかななんて思いながら。
でもお母さんから返ってきた言葉は意外な言葉だった。
「あなたは自分のことしか考えてないのね」
「えっ?」
「だってそうでしょ?慎哉くんがお家の手伝いを頑張っているのにあなたは一緒に過ごせない
からってすねてるんでしょ?」
「…」
「どうして彼のために何かしてあげようとか思わないの?慎哉くんが一生懸命頑張ってるん
だからケーキでも作って持って行ってあげてもいいんじゃないの?」
お母さんに言われてはっとした。どうしてそれを思いつかなかったんだろう。
イヴに一緒に過ごすことばかり考えすぎてたんだ。慎哉が一生懸命頑張っているのに私は
労ってあげることもできなかった。昨日の夜に届いたメールも愛想ない返事を返した。
ゴメン、慎哉。
「お母さん、キッチン使ってもいい?」
ベッドから飛び起きて急いで階段を下りる。時計を見たらもう3時。今から買い物に行って
お菓子作り始めたら遅くなっちゃう。それでも作りたい。
「あれ?これ…」
食卓の上に置かれたお菓子の材料にラッピング。ふと後ろを振り向くと二階から降りてきた
お母さんがピースサインを向けている。材料はちゃんと私が作りたかったものの材料。散々私
言ってたもんね。これが作りたいって。お母さんってば嬉しいことしてくれるな。
よし、準備は完了。早く作って慎哉に持って行かなきゃ。
ようやく作り終えたのは夜の7時。初めて作ったけれど失敗もなくてよかった。
お母さんに少し手伝ってもらったからかな。
用意して急いで向かなきゃ。服を着替えてリップだけ塗ってマフラーを巻いて家を出る。
まだ慎哉は頑張っているのかな。ごめんね。私、自分勝手で。
ケーキを壊さないようにでも慎重に小走りで駅に向かう。切符を買って電車に乗った。
いちゃついてるカップルを見ても気にならない。でも早く慎哉に会いたい。
電車を降りて記憶を辿りながらようやくお店に着いた。まだ少しお店の外にも何人か並んでる。
買わないとはいえ、順番に割り込むわけにいかない。私は行列に並んだ。
慎哉の家のケーキってほんとに人気なんだ。
アルバイトに入った子はどんな子だろうと店の中をちらっと見る。髪が短くて可愛い子。
どうしよう。あんな可愛い子なんて。とふと目を凝らしてみると彼女の薬指には指輪。
よかった彼氏いるんだ。
ほっとした束の間私はふと自分の持っていたケーキに目を移した。
人が並ぶくらいのケーキ屋さんの息子にこんな私のケーキをあげてもいいのかな。
弱気になってその場に立ち竦んだ。
・・・やめよう。そう思って引き返して歩き始めると声が聞こえた。
「美咲!」
「慎哉?!」
お店の中から慎哉が出てきた。疲れているような表情。今日ずっと頑張ってたんだね。
息を切らしてひざを抱えている。
「大丈夫?」
「ああ。今日はずっと立ちっぱなしだったから。・・・ごめんな。一緒に過ごせなくて」
「ううん。私こそつまらない意地張ってごめんね」
「いや俺が悪いんだ。イヴなのに一緒に過ごせなかったから。・・・それ、何?」
「え?いやなんでもないよ。気にしないで」
立ち話をしながら慎哉が私の持ち物に気がつく。
そっと後ろに隠そうとすると取り上げられてしまった。
「ブッシュドノエル?」
「・・・うん。あ、でも慎哉の家のケーキには敵わないから・・・」
「俺のだよな?よし。いただきます」
その場で箱を開けてしまってブッシュドノエルにかぶりつく慎哉。こんなことなら切ってこれば
よかったかも。でも慎哉はあたしの大好きな笑顔を浮かべてくれた。
「うまい。すごいうまいよ」
「ありがと。でも慎哉ここにクリームついてる」
「え?マジで?」
もう子供なんだから。さっきのカップルに感化されたのか私はその慎哉の右頬についた
クリームをそっと唇で取った。
「え?え?」
赤い顔をした慎哉。クリスマスなんだからこれくらいはいいよね。
一日一緒に過ごす事は出来なかったけれど会うことは出来たんだもん。彼氏と過ごす最初の
イヴは私にとって思いやりを勉強させられたイヴだったかもしれないな。私は思いやりの
気持ちを込めて慎哉に言った。
「メリークリスマス慎哉」
「メリークリスマス美咲」
「何お祈りしたんだ?」
「ナイショ」
イヴが一緒に過ごせなかったと元旦、初詣に誘ってくれた慎哉。赤い晴れ着に袖を通して
二人で向かった神社。私が長くお祈りしてたから慎哉は気になったみたい。
もちろん私のお願いごとは慎哉とずっと仲良くいられるように。
あわよくば今年のイヴこそは一緒に過ごせたらなんてまだまだイヴにこだわっている私でした。
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