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栄の問いかけにようやく顔を上げた伊咲。目に飛び込んできたのは優しい栄の顔。
あんなにひどいことを言ったのに彼はそれを許してくれたのだろうか。
ごくっと息を飲んで言葉を続けた。
「それに、あたしね、シャボン玉の中では・・・栄の彼女でいられた」
「シャボン玉?」
「あ、夢。夢って目が覚めると割れるように消えちゃったり、忘れちゃったりするから。
でも結局それも違って、あたしは夢の中でも栄の彼女にはなれなかった」
「その相手は芯悟だった?」
「な、何で?なんで知ってるの?」
栄の言葉に動揺を隠せない伊咲。どうして栄が芯悟を知ってるの?
頭の中がおかしくなりそうだった。
「お前が偶然ここで寝てたときに聞いた」
「え?あたし寝言とか言ってたの。やだ。恥ずかしい」
「寝てることが驚いたけどな。でも気にするなよ。俺しか聞いてないし」
「・・・ごめんね。こんなこと言って。彼女いるのに。ごめん」
伊咲はまた俯く。一番幸せな時間だったはずなのに、
どう頑張っても栄の彼女にはなれない。
一度は諦めると決めたのにこんなことを話してしまったから諦められそうにない。
栄には彼女がいるのに・・・。止まっていた涙がまた溢れ出す。
そんな伊咲のことを栄はたまらずに抱きしめた。
「栄?」
「お前ほんとバカだよなぁ」
「離してよ。彼女に見られたら・・・」
「どこの情報かしらないけど俺、彼女いないけど」
「え?うそ、だって・・・」
抱きしめられた栄の胸から伊咲が顔を覗かせる。
自分を見つめる栄の瞳は愛しい人を見る目だった。
「江坂のこと?あいつは俺の弟の彼女だったりするんだけど」
「え?だっていろいろ話してたじゃない。映画とか・・・」
「それは弟と行くんだって。だいたい彼女なんていたら一緒に来るだろ?学校」
くすっと笑う栄。伊咲は一人で勘違いをして勝手に彼女だと思っていた。
そう思うと突然自分が今まで言った言葉が告白だということに気づく。
顔を合わせていることが恥ずかしくなり視線を落とす。
栄の腕は掴んだときのようにぎゅっと伊咲を抱いていた。
「でも前、2人で学校に一緒に来たじゃない?」
「うたぐり深いなあ。でも正直に言えば俺もお前を避けてた。それで時間ずらして、
それで江坂と偶然会って一緒に来たんだ」
視線を落としても続く伊咲の質問攻撃。栄は私を喜ばせるために言ってるだけ。
本当は彼女がいる。どこまでも信じられない伊咲。
栄は嫌がることなくその一つ一つの質問に答えてくれてるし、
何より抱きしめられた腕の中はとても暖かい。それが一番の証拠だった。
「いたっ!」
「何やってんだよ」
「ゆ、夢じゃないのかなって思って」
伊咲は自分の左頬をぎゅっとつねってみる。きっとこれこそがシャボン玉の中なんだ。
また朝になれば割れて消えてしまう一瞬の夢。
しかしつねった頬は赤くなり傷みを感じる。栄は片手を離し、そっと伊咲の頬に触れた。
ゆっくりと顔を上げる伊咲。二人の視線がぶつかった。
「大丈夫か?こんなに赤くなって」
「う、うん。でも痛かったから夢じゃないんだ」
「夢じゃないな。今からもっと幸せにしてやるから覚悟しとけよ」
「え?」
抱きしめていた腕をそっと離し、栄は大きく深呼吸した。
「新条伊咲。俺はずっと前からお前のことが好きだった。でも・・・朝しか話さないし、
避けられてるし、嫌われてるって思ってた。でも彼女いるって思ってたから
そういう行動取ってたって聞いてすげえ嬉しかった。
夢の中なんかじゃなくって、俺の・・・いや栄芯悟の彼女になってください」
「え?い、今、し、芯悟って」
「お前ほんとに俺のこと好きなのか?せっかく熱い告白してくれたと思ったのにさ」
栄はそういうと胸ポケットから生徒手帳を取り出し、伊咲に見せる。
確かに名前の欄にはしっかりと『栄芯悟』と書かれていた。
「よかったな夢の中でも芯悟くんの彼女でさ」
「・・・い、いいの?あたし、あたし栄のこと好きでいてもいいの?」
「もちろん。ってかそうしてくれ」
「栄の彼女になってもいいの?」
「よろしくお願いします」
そう言って手を差し出す栄。伊咲は栄の顔と差し出された手を交互に見る。
笑顔を浮かべている栄。もう泣いたり無理に避けたりしなくてもいい。
そう考えるとまた涙が出てきた。でもこれはうれし涙。
「・・・こちらこそよろしくお願いします」
両目にいっぱいの涙をためて栄の手に自分の手を添える。
栄はその手を力強く引っ張り自分の胸の中にもう一度伊咲を飛び込ませた。
今度は伊咲も腕をぎゅっと回し、力いっぱい栄を抱きしめた。
「さ、芯悟くん・・・・大好きだよ」
「俺も伊咲が大好きだよ」
〜END〜
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