君が唱えるナムアミダブツ
〜Present〜



12月24日。今日は待ちに待ったクリスマスイヴ。それなのにあたしの機嫌は最悪に悪い。
当たり前でしょ。だって、隼人本当にひどいのよ。

あたしはこの10日間ずっと朝から晩まで『一緒にいたい。二人で過ごしたい』って
言い続けたのに、『ごめん』って。あげく、朝からおじいの手伝いでお堂に行ってる。
あたしは自分の部屋に閉じこもっているのもさすがに暗いし、仕方がないからリビングで
こたつに入りながらテレビを見てる。ほんとに最悪。
いちゃついてるカップルがテレビに映るたびにイライラしてるし。


「未彩。もう少し黙ってくれよ。テレビが聞こえないだろう。
それに手伝い頼まれてるんだろ。母さんも隼人ももうお堂に行ってるって」

「うるさいわね!!なんであたしが総会の手伝いなんてしなきゃいけないのよ!
今日はクリスマスイヴよ!恋人同士が過ごす日に坊さんの相手しなきゃいけないのよ!!」


あたしはそう言ってこたつの上に置いてあるみかんに手を伸ばす。
お母さんに朝、起こされたけどあたしがずっと文句を言ってたら
『勝手にしなさい』って言われたからもう勝手にする。

だいたい隼人も何考えてるの?あたしと過ごしたいとか思わないわけ?
それともあたしよりお経のほうが大事とかいうわけじゃないでしょうね。
イライラしながら口にみかんを運ぶ。

あーこんなお正月みたいなイヴありえない!!


「・・・そんなことばっか言ってんなよ。明日だってクリスマスなんだから
明日二人で出かければいいじゃないか」

「・・・依智、あんたイヴの重要さをまったくわかっていないみたいね。イヴよイヴ!!
年に一度しかないの!クリスマスじゃなくてイヴが大事なのよ。
だいたい自分だって手伝わずにこたつに入ってごろごろしてるじゃない。
人に言うならまず自分がしなさいよね」

「・・・当たるなよ。俺は今日、予定があるの!昼になったら出ていくんだよ」

「はぁ?何あんたは出かけるのOKで何で隼人がダメなのよ。
だいたいあんたの方がここの息子でしょ。自分だけ彼女とデートなんて最低ね」

「・・・昼から部活でクリスマスパーティーやるんだよ。彼女なんていねえし。
それに練習の後だから練習に行ったついでだし。
ってかイヴイヴって言ってるけどプレゼントとか買ったのかよ?隼人に。
未彩はそれもらったんだからもういいだろうけどさ」


そう言いながらあたしの右の薬指に填まった指輪を指差す。
プレゼント?あ、忘れてた。
隼人が総会に出るなんていうからもう腹が立ってそれどころじゃなかったわ。
そっか。プレゼントいるわよね。

今まではただもらってにこにこ『ありがとう』って言ってればよかったけれど
さすがにそんなわけにもいかないわね。
・・・どうせこんなところにいても一日ムカつくだけだし。
よし!街に隼人のプレゼントでも買いに行こうかしら。


「・・・じゃ行ってくるから」


そうと決まれば即行動。着替えて依智と一緒に家を出ることにした。
その前にお堂に行ってお母さんに報告しようと思ったんだけど
隼人が坊さんと楽しそうにしゃべってる姿が目に入った。

・・・何あいつ。
やっぱりあたしより坊さんがいいっていうのね。
キッと睨みつけると隼人があたしの視線に気付いたのか
申し訳なさそうな顔で見てくる。
あたしはあえてすぐ目を逸らしたんだけど
隣の依智が落ち着けって合図してくるので
お母さんにそれだけ言って依智と一緒に家を出た。


「まったく坊さんに嫉妬してバカ丸出し」
「・・・そんなんじゃないわよ」
「未彩はほんとに隼人が好きなんだな。
でもこんな恋愛バカとは思わなかったよ。
昔の未彩はなんか近寄りがたくって話したくもなかったからな」


依智と会話するようになったのは隼人に関わるようになってからかもしれない。
それまであたしは家庭を省みない悪い子だったし、
逆に依智は成績優秀、運動神経抜群で
あたしは劣等感を感じていたから弟とはいえ、ムカつく存在だったもの。

でも依智はやっぱりいい弟なんじゃないかってつくづく思うかも。いろんな意味でね。
なんてあたしはジャージ姿の我が弟の背中を見ながら思った。


「・・・すごい」


依智と別れて一人街に来たのはいいけど・・・まぁ見事にカップルだらけ。
本当はあたしだって隼人とこんな風にデートしてたはずなのに・・・。
ってまた悪い癖が出ちゃったわ。

でも隼人って一体何が欲しいんだろう。男の子に何かあげたことなんて今までないから何を
あげたら喜んでくれるのかまったく分からない。・・・真心ねぇ。


「要はさ、何をあげても隼人は喜ぶと思う。
未彩からもらったっていうだけですごく嬉しいもんだと思うし。
真心を形としてあげるようなもんだろ。プレゼントって」


別れ際に依智に言われた一言。
あんなこと言うなんて依智も好きな人がいたりするのかしら。
でも真心かぁ。
じゃあ隼人がくれたこの指輪も隼人の真心がこもってるってことよね。

正直、この指輪をもらった瞬間は脅されていたこともあって
ちゃんと喜べなかったけど今となってはこの指に
当たり前のように存在してる指輪が隼人の真心。

そう考えたら今日一緒に過ごせなかったこともなんだかよく思えてくる。
そう思ったらプレゼントを選ぶのが楽しくなってきたわ。


「あ、すいません」


あたしがよく行く行きつけの洋服屋さんに入った。
ここはメンズも置いてあるし、正直あたしは
ここの服が好きなので隼人が着てくれるとうれしいなって。
まぁそれはいいとしてもここなら隼人にも
気に入ってもらえるものがあるかなと思ったのよね。

でゆっくりと物を選んでたらあたしは一人の女の子にぶつかった。
・・・かわいい。あたしとはまた違う可愛さ。っていうか小動物系。
きっと彼氏もかっこいいんだろうな。
ま、隼人には負けると思うけど。


「・・・未彩?!」
「・・・央!」


どうやらそのカワイ子ちゃんの彼氏は央っていうわけね。
でもよく見ると今までとはまた随分違った感じの女の子と一緒にいるのね。
プリーツスカート履いてるし。


「彼女?」
「ああ。まだ付き合って日、浅いけど」
「そっか」
「そっちは?」
「あ、ちょっとプレゼント買うの忘れて。あ、後から会うのよ」
「そっか。ま、仲良くやってくれよな。じゃあな」


少しだけ立ち話して央とは別れた。
ジャンパーに手をつっこみながらさりげに片手は
がっちりと彼女の手を握ってた。
央も本当に好きになれる人に出会ったのかしら。

でもあんな風にほほえましい光景を見ると
なんだかやっぱり隼人に会いたくなってくるわ。
よし。早くプレゼントを買って手伝いでもするか。
そうすれば隼人に会えるもの。


急いでプレゼントを買って家路に着く。
急いで買ったけれどちゃんと選んだのよ。黒の皮財布。
本当は洋服にしようと思ったけれどあいにく予算オーバー。
お財布と相談して悩むこと10分。
これにしようと思って購入したんだから。

店員さんがラッピングしてくれる時間もとても惜しい。
あたし本当に隼人のこと好きなのね。
お寺が見えてきた。
走ってきたなんてなんだか恥ずかしいから息を静めてお寺に入る。
総会はまだやってるのよね?


「あら未彩もう帰ってきたの?」
「・・・まあね。それより何か手伝おうか?」
「もう終わったから大丈夫よ」


終わった?そんなに総会って早く終わるものなの?まだ昼の3時よ。
朝の10時から3時までってこと?
じゃ別にあんなに躍起にならなくても終わってから十分隼人と過ごせたわけ?


「でも隼人くんはすごく気に入られちゃってお坊さんたちに
連れて行かれちゃったんだけどね」


あたしがほっとしたのも束の間、お母さんが申し訳なさそうに言った。
何よ。やっぱり一緒に過ごせないんじゃない。
央に会って隼人に会いたい気持ちがいっぱいになったのに彼はいない。

せっかくプレゼントまで買ってきたのに。
あたしがプレゼントを買うことなんて初めてなのに。
どうしてついて行っちゃうのよ。

期待が裏切られてせっかく盛り上がった気持ちも下がっちゃった。
仕方がないからプレゼントを持って部屋に戻ろう。

ゆっくりと階段を上がる。結局イヴは過ごせなかったわね。
仕方ないのかもしれない。私がこだわりすぎているだけなのかもしれない。

だけどやっぱり初めてのイヴだから。

だから一緒に迎えたかったのよ。大好きな人と。


「・・・遅かったな」
「隼人?!」
「何してるんだ?早く入ってこいよ」


階段を上りきって自分の部屋のドアを開けるとそこにはいるはずのない隼人が、
小さな丸テーブルの前に隼人がいた。

これは夢?それとも幻?立ちすくんで動けなくなった
あたしを隼人が立ち上がり、手を引いて導いてくれる。

あったかい。間違いない。この手は大好きな隼人の手だわ。
あたしを座らせた後、隼人は向かい側に座った。


「は・・・やと?」
「遅かったな」
「ど、どうしているのよ?あなたおじいと一緒に・・・」

「あー。師匠がさ。もう来なくていいから未彩と過ごしてやれって。
師匠も気にしてたんだ。
やっぱなんだかんだ言っても大切な孫に嫌な思いをさせたくなかったって。
でも今日は師匠に頼まれたんだ」

「・・・うん。わかってるわ」

「・・・師匠が俺を総会に出したわけわかるか?」


隼人が真剣な目で聞いてくる。おじいが隼人を総会に出したわけ?
隼人が気に入ってたからでしょう?それだけじゃないの?


「びっくりした。師匠がさ俺のこと『もう一人の孫』って紹介してくれたんだ。
でもそれは決して血のつながりじゃなくて『未来の』ってことなんだけどな。」
「・・・それって」

「師匠はここを継いでほしいとまで言ってきたんだ。
もちろん何の知識もない俺にそんなことは不可能だけど
おじさんの助っ人になってほしいって。嬉しかったよ。

こんな俺でも何かの役に立つことができるんだから。
もっともっとお経を学びたい気持ちだってあるしな」


何だか隼人がかっこよく見えた。
いやいつもかっこいいわよ。そうじゃなくてなんていうのかな。
何だか大人に見えた。イヴにこだわっていたあたしなんかよりずっとずっと大人。
恥ずかしくなってきたあたし。


「ん?何隠してるんだ?」
「え?」


座ったときにぱっと隠したプレゼント。
なんだかちっぽけな感じかして渡しづらくなっちゃったから
何でもないよ。って首を振ったのにぱっと横から取り上げられちゃった。

俺の?って聞かれたから頷いたわよ。
隼人は嬉しそうに開けてもいい?と包装紙を開け始めた。
さっきまで大人っぽいと思っていた隼人がサンタさんに
プレゼントをもらったかのように笑みを浮かべてる。
こっちまで嬉しくなってくるわ。


「こ、これ俺がもらっていいのか?」
「当たり前でしょ。隼人のために買ったんだから」
「ありがとう」


今まで見たこともない隼人の笑顔。
俺、クリスマスプレゼントなんて初めてもらったなんて
ずっと財布を眺めてる。あげてよかった。
こんなに喜んでもらえるなんて思わなかった。

「ありがとう。俺・・・何も用意してないけど・・・目瞑って?」

え?と言う間もなく重なる唇。
隼人を見ると少し赤い顔をしてサンタからのプレゼントなんて言ってる。
今日は本当にいろんな隼人を見るわね。目を見合わせて二人で笑った。

一日、一緒に過ごす甘い時間は無理だったけれど
あたし十分幸せなイヴを送ったのかもしれないわね。

「メリークリスマス隼人」
「ああ。メリークリスマス未彩」