今日はバレンタイン。俺はあまり甘いものを好きっていうわけじゃないけど今日はさすがに
期待している。一週間前に伊咲が頬を赤らめて俺にチョコを作ってくれると言ってくれたから
だ。早朝からそわそわして何だか落ち着かない。眠れなかったって言ったほうがいいな。
バレンタインなんてそれまでは全く興味もなかったのにな。
ところがふと気づいた携帯が点滅している。こんな朝早くから誰だとメールを確認してみると
伊咲からのメールだった。
<昨日の夜からなんだか熱っぽくってしんどかったので病院に行ったらインフルエンザと診断
されました(≧◇≦) だから今日から一週間くらい学校に行けなくなっちゃったo(;△;)o
バレンタインなのに・・・ほんとにごめんね!!>
マジかよ。朝6時に起きて楽しみにしていたのに。いやいやそれは俺の都合だな。
でもインフルエンザなんて絶対安静ってことだろ。一週間も伊咲に会えないってことか。
俺は制服に着替えながらメールの返事を打った。
<大丈夫か?学校のことは気にするなよ。安静にな>
それだけ打って送信すると数分後にありがとうという返事が返ってきた。
それにしてもバレンタインに彼女がインフルエンザなんて・・・。確かに俺もクリスマス前に
インフルエンザにかかってあいつに寂しい思いをさせたけどなんたって俺らはイベントに運が
ないんだ。
去年のクリスマスイヴ。俺はインフルエンザにかかってしまった。彼女と過ごす初めてのイヴ。
いろいろ計画だってたてていたのにそれもすべてダメになってしまった。それなのに伊咲は
俺を責めることなくメールや電話で俺を気遣ってくれた。
「大丈夫。クリスマスなんかより芯悟の体のほうが大事なんだから」
本当にいい彼女だと思う。プレゼントまで用意してくれていたんだから。ふと俺は伊咲のくれた
プレゼントに手を伸ばした。シャボン玉。高校生にもなってなんだろうと思うだろうけど
俺にとっては最高のプレゼントだった。
いやあいつの言ってくれた言葉が最高のプレゼントだったんだけど。
「私には芯悟がいるからもうこれはいらない。だから芯悟にあげるね」
ポストの中に入っていた手紙とシャボン玉。最初は意味がわからなかったんだけどシャボン玉
の俺はもういらないってことだった。あいつは俺と付き合うまでずっと夢というシャボン玉の中の 俺と過ごしてきた。正直、自分なのに嫉妬したこともあるくらいあいつはシャボン玉の中の俺の ことを好きだったんだ。でももうそんなことを思う必要もない。
あいつは俺を、この俺を選んでくれたんだから。
「・・・俺は何をしてやれるんだろう」
そのシャボン玉に触れてすぐ、もうひとつのプレゼントに気がついた。クリスマスケーキの箱の
リボン。クラスメートの高木の店のケーキらしく一度伊咲が高木の彼女にお菓子を作ってもらっ てからその彼女に店を教えてもらってからはよく買いに行く常連の店らしい。
確かに甘いものがあまり好きじゃない俺でも食べれたケーキ。ただでさえインフルエンザなんて
何も食べれなくて逆に甘いものなんていらないはずなのに一気に食べてしまった。
「ここのケーキは魔法なんだよ」
移るの覚悟で最後は俺の部屋で一緒にそのケーキを食べたときに伊咲がそう言ってた。
俺も移すのは嫌だったけれどケーキやプレゼントをわざわざ持ってきてくれた愛しい彼女を
そのまま帰すのはそれ以上に嫌だったから。
「そうだ!」
俺は思い切ったように急いで用意をして、学校に行く準備をした。幸い今日は平日。
あいつに頼んで教えてもらおう。俺が食べれたケーキの作り方を。
「ここか」
さすがに男一人でケーキ屋の前でたたずんでいるのはなんとも異様な光景だと思う。
でもやむをえない。それにしてもあいつ自分は彼女と過ごすからって地図だけ書いて渡しやが
って。しかも適当すぎなんだよこの地図。そう。俺が頼ったのは紛れもない高木慎哉。
どうやらあの一件以来なんだかあいつはからかいやすいんだよな。
今回も早瀬にケーキ作り教えてもらいたいって言ったらぽいっと自分の家の地図渡してきた。
俺は学校が終わると真っ先にこの地図を頼りにここにたどり着いた。
さて時間も押してることだし、あいつもお袋さんに話してくれてるみたいだしな。
俺は意を決してケーキ屋の中に入った。
「栄くんね?慎哉から聞いてるわ。どうぞ」
中に入ると綺麗な女の人が俺を迎えてくれた。いや伊咲のほうがかわいいけど。
家の中に通されるともう材料すべて用意されていた。
正直、俺はお菓子作りなんてしたことがない。まあ料理自体したこともないけど。
「私はお店もあるからあまりついててあげられないけどこのレシピ通りに作ればいいからね」
「あの・・・俺一度もお菓子なんて作ったことないんですけど」
「大丈夫。気持ちがあれば絶対おいしいお菓子が作れるから」
そういってお袋さんは店のほうに行ってしまった。どうすればいいんだ。
たしかにレシピを置いてってくれたけど俺一人で作ることができるのか。とはいえここまで来た
んだ。俺はそっとそのレシピを自分の手元に置き、調理を開始することにした。
「なになに・・・卵を割って・・・かき混ぜて・・・それから・・・」
自分がまったくやったことのない作業ばかりが続く。泡だて器なんて使ったこともない。
どのくらい混ぜ続ければいいんだ。これくらいか。頭の中で考えていることが口に出ていること
も気がつかないくらい俺はそのレシピを目で追いながら調理を続けた。
「あらだいぶ出来たんじゃない」
調理を半分くらいすませるとお袋さんが様子を見に来てくれた。はたしてこれで合っているのだ
ろうか。半ば不安だが、お袋さんはいたって笑顔でいる。その笑顔を信じていいんですか?
まあ何はともあれ形は出来た。お袋さんも店が一段落したとそのまま俺を手伝ってくれた。
そしてようやく出来た一つのケーキ。正直形はあまりいいとはいえないけれど初めてにしては
上出来かな。
「ありがとうございました」
「いえいえあたしはいつでも恋する人の味方よ。今度は彼女といらっしゃいね」
ケーキをラッピングしてもらい、急いで伊咲の家に向かった。バレンタインなのに男からケーキ
なんてなんともいえないけれどバレンタインの女の気持ちを少しだけ分かった気がした。
ケーキを壊さないようにでも小走りで。彼女は喜んでくれるだろうか。逸る気持ちを抑えつつ
家の近くでメールを送った。
「芯悟!」
ふと聞こえた彼女の声。上を見上げると伊咲が部屋の窓から俺のほうに手を振っていた。
俺は急いで駆け寄った。パジャマ姿であんなところから手を振っていたら余計に悪化するかも
しれない。
「ごめんね」
「そんなことは気にしなくていいから窓から顔を出してたら悪化するぞ」
「だって芯悟の顔が見たかったんだもん」
「・・・俺も会いたかったよ」
「それ何?」
「これ?プレゼント。今日バレンタインだろ?」
「バレンタインって・・・あたしが渡すほうだよ」
「いいから」
俺はそれだけ言って伊咲に窓を閉めるように促すと玄関のチャイムを鳴らした。パタパタと
階段を駆け下りる音が外まで聞こえてきた。勢いよくドアが開くとおでこに冷えピタを貼ったまま
伊咲が俺に抱きついてきた。
「ごめんね。芯悟あたしこんなんなっちゃって」
「いいんだよ。クリスマスは俺が寂しい思いさせたんだから」
「でも・・・」
「それよりこれ作ってみたんだ。形はイマイチだけど多分味はうまいと思う」
「芯悟が作ってくれたの?」
「ああ」
伊咲はケーキと俺を交互に見る。なんだか照れくさくなって視線を逸らすとくすっと笑う伊咲。
ケーキの入った箱を彼女に渡してじゃあと帰ろうとすると呼び止められた。
「一緒に食べようよ」
「いやいいよ」
「・・・うつったら看病してあげるからさ」
はにかみながらいうその言葉にノックアウトされて結局そのまま一緒に彼女の部屋でケーキを
食べることになった。味?そりゃもうおいしく召し上がりましたよ。
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